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スペルバウンド
「síndər」
シィンダァ、と聞こえた。
ぼくは手を挙げ、質問権を使う。
「意味は何ですか」
読み手のミス・ブラウンが答える。
「灰、燃え殻」
この単語は知らない。でも、スペリングビーでは一度だけ質問ができる。その答えから綴りを推測することも。
燃え殻→炎。エースバーン。補習クラスで遊んだポケモンの英語版。イビサの相棒。
「C,I,N,D,E,R.Cinder」
「正解です」
感心したような声が体育館に流れた。
「カンニングしただろ!」
席を蹴って叫んだジャックは、客席の父親が顔を顰めているのを見て、口を閉じた。
カンニングは和製英語で、こっちではcheatという。ジャックがさっき小声で吐いたのは差別用語だ。どちらも最近知った。
「すげぇな、アキート」
イビサが太った体を揺らしてガッツポーズした(これも和製英語)。アキヒトって名前は、みんなには発音しづらいらしい。
ぼくらは、ぼくらだけの英語で、短く言葉を交わす。
「イビサ。がんばって」
「おう。がんばって!」
■
「ジャックの野郎、ええと、ムカつくよな」
学校の屋上から飛び降りようとしたぼくに声をかけたのは、同じクラスの男子、赤毛の天パのイビサだった。
ぼくは頷いたけど、言葉に詰まる。日本語なら悪口も言えるのに。
「あいつ、おまえが算数で、ええと、目立ってたのが、ムカついてんだよ、だからあんなこと」
「日本でもう習ったとこだから」
「勉強が得意なら、いい方法があんだ。ジャックを、ええと」
「見返す?」
「それ」
風が強く吹く。ここの風は、からからしていて嫌いだ。
「スペリングビー。綴りの大会。あいつらが出る。親も見にくる。俺らも、補習クラスで出る。アキート、いっしょに出ないか?」
■
「toʊˌfu」
イビサが問題を聞いて首をひねった。
君ならわかるはず。落ち着いて、「正しい質問」をするんだ。
つづく
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