猫の出産
猫は出産や死期が近づくと、人目につかないよう
隠れてしまうという話を聞いたことがある
飼い主との信頼関係によっては、それは迷信だという人もいるだろう
私は今は愛犬家で動物が大好きだが、子供の頃の私は典型的な都会っ子で、虫や動物が苦手だった
うちの母は田舎育ちで、日常に生き物がいる方が自然だったのか、気づいたらウサギや鳥や金魚などを飼っていたのだが、私には飼っている意識がないぐらい生き物に興味がなかった
当時は東京でも野良犬をよく見かけた
小型犬を家の中で飼う家も増えてきた時期で、よくキャンキャン吠えたり噛んだりする犬も多く、私は何度も怖い経験をしていたので、すっかり動物苦手意識が刷り込まれていた
( 今は飼いやすいように交配をされているので、そういう犬は少ないようだ )
そんな時代
私が高校生の時に父が三毛猫を拾ってきた
仕事中によく見かけていた猫らしい
当時引きこもり始めた不登校の妹のために連れてきたようだ
妹は喜んでいたが、シャーシャーいうその猫が私は恐ろしくて、毎日体に毛布を巻きつけて過ごしていた
猫は1歳ぐらいだったと思うが、野良猫だったせいかとても凶暴で、触ろうとするとこわい顔してすぐに引っ掻く難しい子だった
それでも優しい妹は傷だらけになって血を滲ませながらも溺愛していた
そんな感じで、世話は妹がしていて私は全く関わっていなかった
しばらくして私もようやく慣れてきたある夏休みの日の出来事
私はリビングでソファに座り、ひとりテレビで
笑っていいとも!を見ていた
CMになり、ふと横を見ると、革のソファの背もたれの上にいる猫がなぜか1匹増えていた
猫が出産していたのだ
びっくりしてそのまま見ていると、もう1匹水袋?に包まれて出てきて、破れた袋を親猫が舐めていた
続けてもう1匹産み、結局私は計3匹の出産を目の当たりにした
普通は人影に隠れて出産するのではないのか?
ソファの背もたれという不安定な場所で、しかも真っ昼間に世話もしてない慣れない私のそばで?
高校生の私にはいろいろいっぱいいっぱいで、妹を呼ぶのも忘れていた
あとで妹が怒っていたのは言うまでもない
一番の怒りのポイントは、
なんでお姉ちゃんの前!?っていうところだ
そりゃそうだろうよ
とにかく衝撃的な体験だった
しかしこの猫は外には出さずに飼っていたはず
最近太ってきたなぁなんて思っていたところだった
思い起こせば、少し前に一日だけ家出をしたことがあった
その時しか考えられない
発情期だったのだろう
避妊手術の必要性など当時はよく知らなかった
親猫は白に黒と茶
生まれてきた3匹はみんな黒と白のバイカラー
しばらく私は近所の白黒猫に疑いの眼差しを向けていた
その後、両親と4人で家族会議をした
4匹もマンションで飼えない問題だ
今では考えられない発想だが、近くの土手に捨てに行こうという話が出た
でも、みんなイヤだと押し付けあって全く決まらない
そのまま、なあなあで数日過ぎた夏休み明けに学校でそんな話をしていると、友達から知り合いにちょうど猫を欲しがっている人がいるという情報が入った
その人は社会人で一人暮らしの女性らしく、ぜひ2匹引き取りたいとの事で、私は即決した
願ってもないと、私は翌日猫を学校に連れて行くという強行をしたのだ
今考えたら無謀にも程があるのだが、
紙袋に子猫2匹と粒のキャットフードを一緒に入れて、ラッシュアワーの山手線に乗り、私鉄を乗り換えて、ヒヤヒヤしながら登校した
ガサゴソするたびに咳払いなどをして、ごまかしながら乗り越えた
( 家から駅まではいつもは自転車だったが、さすがにその日はバスに乗ったと自分を信じたい。思い出すのも恐ろしい )
学校では教室の後ろのロッカーに入れて、ドキドキしながら一日をなんとか過ごした
やっと放課後になりロッカーを開けたら、袋から猫が飛び出して、教室は大パニックになった
ロッカーの前に座っていた野球部の男子が、
なんか後ろからガサガサ聞こえてておかしいと思ったんだよー!と言って笑ってくれていた
その場で無事に友人へ引き渡すことができたのだが、今思い出しても自分の行動が信じられない
我ながらあきれる女子高生だ
そんなこんなで、うちでは親猫と残した1匹の子猫を飼うことになった
そしてその後も何匹か様々な理由で増えることになる
ある時期、全部で3匹いた時の話
それぞれ、
ビー (その凶暴猫 )
蘭丸 (その子猫)
セバスチャン(さらに拾った超大人しい黒猫)
と名付けていたのだが、
父が呼びづらいからと、チビ、タマ、クロと呼び始めた
結局その子達が亡くなる頃には家族全員でその名前で呼んでしまっていた‥
ちなみに、猫たちが亡くなる時はみんなそれぞれ妹のそばで硬くなっていたようだから、妹も世話した甲斐もあっただろうと思う
妹はあれから30年引きこもり、その後いろいろあってガンで亡くなった
亡くなる前、痛み止めだか鎮静剤だかわからないが、朦朧としながら、猫たちの最後のケアに後悔があると言ってシクシク泣いていた
人生での後悔が猫のことなのか‥
振り回された家族にとっては、なんとも複雑な思いがした
誰よりも繊細で気が弱くて優しくて知能が高過ぎた妹
真逆の能天気な姉よりも、無口な猫の方が心の拠り所だったのだろう
ちなみに、この表紙は妹が最後に飼っていた猫の似顔絵を亡くなる前の誕生日にプレゼントしたもの
ちょっと違うと言われた‥‥