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UFO

 わたし、宇宙船見たんだよ、と彼女が言ってから僕らの関係はよくわからないものになってしまった。

「宇宙船って、あの宇宙船? UFO?」

 僕が尋ねると彼女は答える。

「そう、UFO」
「どこで見たの?」
「この部屋で、よ。窓の外を眺めてたら」
「UFO?」
「うん」
「ふうん」

 僕は彼女がどうかしてしまったんじゃないかという方面からこの物事を捉えてみようと試みていたが、どこから眺めても彼女は彼女で、いつものように愛らしく、そして嘘なんて生まれてこのかた、ただの一度だってついたこともないような無邪気な表情でそこに佇んでいる。

「どんなUFO?」

 僕が訪ねると彼女は答える。

「まん丸くて、ひらぺったくて、すごく大きいの。ほら、一緒に見たじゃない、スピルバーグの映画」
「宇宙戦争?」
「ちがうよ、未知との遭遇、あれみたいな」
「うーん」
「びゃーって飛んでっちゃったの、向こうの方に」

 僕は正直、困ってしまったので、そのことを正直に話すことにした。

「ねえ、僕は正直、困ってしまったよ」

 彼女はキュートに輝く瞳で僕の顔を覗き込んで言う。

「困る? なぜ?」
「君が突拍子もないことを言うからだよ。僕は君を信じてるし、信じてきたし、信じたい。でもね、君が見たっていう、なんだ、UFO? それを信じることができないんだ」
「なぜ?」

 そんなこと、改めて聞かれると僕はさらに参ってしまう。

「うーん、なぜ、だろう。ささやかな抵抗かな」
「抵抗? なにへの」
「なんだろう、信じることができないものへの、かな」
「ふうん。君もいろいろと大変なのね」
「わかってくれるかな」
「うん、たぶん。わたしも、玉子焼きが握りの上に乗ってて海苔が巻かれてる"あれ"が"お寿司"だなんて、いまだに納得できてないところあるし、似たようなことでしょ?」

 僕はうーんと唸った。

「うーん。でも、たぶん、そういった感じだとは思うよ」

 すると彼女はにっこりと微笑んだ。

「なら、こうしようよ。わたしはこれから玉子の"あれ"を"お寿司"として買ってくるから、一緒に"お寿司"として食べてみて、その時の気持ちに正直に、またUFOの話、しようよ。そうしたら、そう、ね、まあ、いいや、それ、どう?」

 僕は少し考えてから「うん、いいよ」と頷いた。彼女は嬉しそうに指を鳴らした。

「決まり! じゃあ、買ってくるね」

 彼女は足早に玄関から飛び出して行った。僕は、ふう、と漏れ出た溜息とも深呼吸ともつかないそれに身を任せてリモコンを手に取りテレビを点けた。世界は、突如各国の首都上空に現れた未確認飛行物体の話題で持ちきりだった。

(そうか、僕らは田舎育ちだったな、たしかに)

 と僕はひとりごちて、いくつかのチャンネルを回しながら、彼女の帰りを待った。

(2022.3.10)

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