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海と海底都市

 透明な海の底は、きっと、柔らかな気持ちで溢れているんだろう、と、ふと、海は思った。ワンルームの部屋の窓際、少しずつ夜に沈む、ぼんやりと開けた瞳、その奥、街灯、が、揺らぐ、溶ける、微睡み、とろっとした肌触りの静けさ、泣きそうな、深い。

 こんな夜の入り口では、心の形がなんだかわかる、それは、小さな海みたいで、丸く、ぬわぬわと揺れ動く、胸のあたりに浮かぶ、流れる水の音、柔く、そうして丸く——それは、そういえば、海がまだ小さな頃から、もしかしたら、それよりももっとずっと前から、こんな夜の入り口に、ふと、たびたび見た。

(今、生きてる?)

 空気が目の前で揺れる。ちぎって食べてしまえそうな、それは、もう、海の心から抜け出てしまった、幽霊みたいな思いのまとまり。3億年前の、透明な、透明な子どもの内緒ばなし。

 すうっと息を、吸う。心が浮いて、重たい水の中、漂う。真空? 宇宙は、多分、とろんとしてると、海は思う。

 手を動かせば、泡が弾けてしまう。鼓動の、低い、のっのっ、に委ねて、身体は、奥底へ、沈み。

(こんな重たい海の底に、誰か、いるかな)

 昼間のネットニュースは、世界が沈むことを暗示していた。世界が宇宙に沈む。真っ黒な海に飲み込まれる。海は、静かにそれを待っている。

(待っている)

 見守っている。ワンルームの窓辺から海が見える。沈んだ都市が、柔らかな水の球体が、宇宙の真空に揺れている。それが見える。

(2020.5.29)

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