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吉澤さんへの未練をようやく断ち切れそうな話【後編】

宜しければ前編からご覧ください。


2019年9月6日。
あの日から1年が経った日。
私は相変わらず推しの現在を考えた。
ネットでは何故あの事件を起こしたのか、1年経っても憶測で書く記事もあった。

子育てで相談する人がいなかった
旦那さんが多忙でワンオペだった
判断能力を失ってた…

でもそんなことはただの憶測でしかない。
ただ普通にいつものようにお酒を呑んで寝て、翌日アルコールが抜けたと思った。そんなことかもしれない。

ありとあらゆることを9月5日の夜に考えていたら、翌日私は人生で初めてアルバイトを遅刻した。
彼女にとっての呪われた日が、私にとっても呪われた日になった。

何を目標にして応援しているのか?

1年も経つとTwitterには、事件後に好きになったという所謂「新規ファン」を見かけるようになった。しかもそんな新規ファンは今も月毎にどんどん増えていってる。

勿論、推しが起こした事件を知った上で応援している。過去の推しへの愛は共通しているものの、彼女の未来に対しての意見は多種多様だ。

すぐにでも復帰してほしい
時が経ったら復帰してほしい
復帰はせず一般人として過ごしてほしい

私は2番目に寄った3番目の意見だ。
復帰の淡い期待はあるものの、復帰すれば必ず批判を浴びる。
それなら一般人として生きてほしい。
これは事件後から一貫した私の意見である。

しかしそう考えると私は何のために応援してるのか?
卒業に向けてでも引退に向けてでもいつかの復帰に向けてでもない。
じゃあゴールは何なのか?
私は次第に自分の推し活に対して疑問を持ち始めた。
そして少しずつ推しの映像を見る事をやめるようにしていった。

しかし「結局好きだから推す」だけなのだ。
世はコロナ禍になり、時間を持て余して別ジャンルの映像を見たりするが、結局推しに戻る。毎日見ないと気が済まない生活ではなくなったものの、時々無性に推しを見たくて、推しのことだけを考えたくて、推しの映像を探してしまう。いわゆる推しの禁断症状が出始めた。

追いかける推しから自分の一部へ

そして暫くして仕事が始まった。個人のYouTubeも変わらず続けたし、自分を構築するために2000年代カルチャーは好きで居続けたし、本当に好きだった。
あの頃のモーニング娘。自体が私を構成する一つとなったのだ。そして推しが好きであることも私の一部となった。徐々に推しが追いかけ求める対象ではなく、私という人間を確立するための2000年代前半のカルチャーとして存在するようになったのだ。

次第に「推し」から「好きなカルチャーの1つ」になっていった。それに伴って感情的に推しを考える時間は減った。
それでも手を繋ぐお母さんと男の子を見かけた時や、東中野の道路を渡る時に、わたしは推しのことを考えてしまった。

未練の終焉

そして2020年4月12日。
彼女の35回目の誕生日を迎えた。
私はYouTubeで生配信をした。

2時間近く私は推しについて語った。過去の推しを愛でて、現在の推しの幸せを願い、未来の推しの復帰について語った。

その中で私は吉澤さんへのメッセージと称してこう述べた。

(要約)今でも吉澤さんのことは大好きだけど、もし自身の中に復帰という選択肢がないのなら、ヲタクの意見に押されて無理に復帰しようとしないで下さい。でももし少しでも「復帰したい」という思いがあれば、私はその意見を尊重します。今はただご家族やご友人と幸せに、そして息子くんを愛してあげてください。

そうだ。私が抱いてた気持ちはこの気持ちだった。

闇雲に「復帰するな!」「復帰してほしい!」というのではなく、全て推しの意思に任せたい。推しが復帰を望むのなら私は全力で支えたいし、望まないのならそれでいい。ヲタクのエゴを推しに押し付けたくない。

この配信が私の中で1つの結論を出したような気がした。「推しの未来は推しが決めてほしい」。当たり前だけど私は好きすぎるあまり、どこか推しの未来を勝手に押し付けていた。知らないどこかで幸せになってほしいし、また私たちの前に現れたら会いたい。長い長い推し恋にひと段落がついたような気がした。

そしてその数日後、私には恋人が出来た。
恋の力というのは不思議なもので、彼女のことを考える時間が減った。
でもそれ以上に彼女の幸せを祈るようになった。彼女の日々が笑っていることや、彼女の息子くんがすくすく育っていることを願った。勿論、心配や不安という感情は抜きで。

結局、推しへの未練は時間が解決する。

人は、大好きな人がありえない事を起こした時、その事実を受け入れることを拒否する。
そして暫くして受け入れ始めた時、必要以上にその大好きな人のポジティブな事柄(この時は過去のキラキラした推し)を求めてしまう。

そしてこの行為は他に推しが出来たり、趣味が出来ても解決できるし、そうじゃなくとも時間が経てば解決する。

今はただ彼女が幸せに生きてくれればそれでいい。

でももし芸能人としてでも一般人としてでも再び会える日が来たら、笑って「大好きです」と伝えたい。




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