トムネコゴ

今、井の頭公園を歩いていてなぜか目に留まった不思議な喫茶店にいる。

トムネコゴ

その看板を見つけるのは、空ばかり見ているねこにはハードルが高い。

目線より上にぶら下がっている「ト」と書かれた小さな木の板と、どこかから雑に引かれた電源ケーブルに繋がっているアンティークな照明。灯りなし。

吸い寄せられるように近づくと黒板にメニューが書いてあり、やっとそこが珈琲屋であることが分かる。
閉じられた扉からはどこか人を拒む雰囲気があり、電話NGと写真NGのステッカーが貼ってある。

「へー、こんなお店あるんだ」と井の頭公園を歩く彼の元へ向かおうとすると「そこがトムネコゴだよ」と相変わらず感情の読めない声で彼が言う。
振り返ると足元に置かれた木の板が目に入る。

「トムネコゴ」

ここだ。ここが目的地だ。
何気なく見上げた「ト」の文字は、トイレのトではなかったのだ。

目的地としていたにも関わらず見落とすねこ。
こういったお店の扉を開く勇気のないねこ。
そういう人生を歩いてきたのだ。

案内役の彼に別れを告げ、重い扉を開けると目に入るのは、また人を拒むような貼紙とねこを迎えるかのようなねこの絵。
来客を知らせるベルは弦を叩く木製の玉で、木琴のバチでギターの細い弦を跳ねるように叩くような音がする。
本当にそんな音がするのかと一瞬考えるが細かいことは置いておこう。
古い家のような店内はストーブのにおい。
静かにしろと何枚もの貼紙を貼ったと思われる店主は、想像より若く明るい。
ちらりと見えるキッチンと呼ぶには違和感のある台所。
重い扉の先は暖かな家だった。

思わず「こんにちは」と言って入ったねこは、先客の男性にも軽く会釈をしてしまう。お邪魔します、と。

その男性から離れた奥の席に座るねこ。
格子の木枠が打ち付けられた窓に向けて置かれた横長の広い机には、グースネックのアンティークな照明が。
店内を見渡すと全て「アンティークな」と枕詞をつけなければならなそうだ。

ぼんやり考えながら腰を下ろして思う「ここは物書きの席だ」。

珈琲はとても苦くコクがあるというトムネビターを。
それと彼のおすすめのチーズケーキ。
ああ、パンも食べたいけれど今日は我慢、また来よう。

注文をすませたので、物書きぶろうと筆箱とノートを取り出す。
ここに電子機器は似合わない。物書きの机が似合う自分を。

机に向かったねこは隅に立てかけられた本や、足元の手の届く距離に置かれた本たちをパラパラとめくる。
いや、確かに見ただけでもう古い本であることが分かるが、綴られている日本語も古い。
そんな当たり前のことを確認していると、珈琲とチーズケーキが運ばれてくる。

つづく

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