#21【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
■前回のあらすじ■
冬の地維摩(ゆいま)のうつ田姫の屋敷に、維摩の王颪王(おろしおう)と、秋の七草の一部、蒲公英はいた。
天変地異が激しくなってから数か月、四季を司る姫達はなるべく外に出ないように努めており、うつ田姫は特に屋敷に引きこもっていた。
颪王と秋の七草藤袴(とうく)は屋敷に来た狙いがありながらも、安寧の動向について訝しんでいた。表立って安寧の思想に拒否を示したというのに、何もしてこないという事はどういうことなのか?と。
更に思い出す事が2人にはあった。まだ安寧が危険な思想を抱いているなどと、夢にも思っていない時。春の白馬の地、佐保姫の屋敷での二月前の会議の折りに、安寧が表立ってハッキリと五天布と蒲公英の命を欲する発言をした事。
人によっては命とは捉えない言葉選びであったが、人によってはそう聞こえていたこの発言に、千蘇我(ちそが)は二分してしまった。
千蘇我を護りたいならば、何故二分するような事をしたのか?
千蘇我を思うままにしたいならば、何故力を行使しないのか?
謎は深まるばかりであった。
とはいえ、今は目の前の事を対処する方が賢明。
颪王と藤袴はうつ田姫と蒲公英と合流し、とある人物の到来を待った。
颪王と秋の七草はここに来て、新たな流れを生み出そうとしていた。
続きまして天の章、第二十一話。
お楽しみください。
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#21【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
現代のうつ田姫と黒冬は余り仲がよくない。
正確に言うと、ただの似たもの同士だ。
顔が合えば喧嘩や嫌味。
相手の言葉一つ一つが妙に気になり、難癖をつけてしまうのだ。
維摩の地の人間はそんな彼ら仲を暖かく見守っている。
本当に不仲な秋の八朔の姫と五天布白秋に比べれば、幼子の喧嘩のようなものだった。
どうやら役者は揃ったようで、四人はきっちり円になって黙した。
陽亮(ようすけ)と呼ばれた男、黒冬(こくとう)は未だにそわそわと落ち着きがないようにも見えるが。
「葛(つづら)。お前は見張りだ。表で待機しておいてくれ」
「…外は凄く寒いんだぞ?」
葛が口答えするや否や、藤袴はキッと葛を睨みつける。
葛は肩を竦めると、渋々とばつが悪そうに退出した。
「では、お初に顔を合わせる方もいらっしゃいましょう。 簡単に私から挨拶させていただきます。 宜しいですかな?」
戸が閉まり、密室になると藤袴は皆に視線を流す。王も神妙に領いた。
藤袴は皆の顔を見ると、最後に黒い猫毛の青年に視線を収束させた。
「構わん」
視線を外し、仏頂面で青年が小さく言うと花雪は渋い顔をするが、藤袴はそんなことは歯牙にもかけず、話を進めた。
「まず、王とうつ田姫は皆、ご存知のことでしょう。 皆様から見て私の右隣の方は、維摩に社を構えられる冬の守護者、五天布の黒冬様にございます」
この中で彼を知らないのは、蒲公英だけだ。
藤袴もそれを承知で主に蒲公英に向けて紹介している。
五天布で蒲公英が顔を合わせた事が無いのは、東の守護者と、北の守護者だった。
東の守護者、青春(じょうしゅん)は柔和な性格で、争いが嫌いなために政事に首を出したがらない傾向があった。 安寧と東に赴いても、蒲公英は出会うことが無かったのである。
そして、北の守護者はというと、いつも彼は維摩の事で忙しく働き回っていたので、会えたためしが無かった。しかし、他の者もそうだったのか、働き回っているというのは建前で、もっと何か別のものを探っているのだなどという噂もまことしやかに立てられていた。謎多き神の領域の男を目の前にして蒲公英は、ただただ、凝視してしまった。
肌が透けるように真っ白で、 薄い唇は閉じたきりだ。
目の上の前髪は音が鳴るほど、 彼の動きに合わせて流れるように動く。その下で黒鉛の瞳が細められた。
「そして、この方は安寧の元小姓でもあり、護衛でもあった蒲公英様です。 不確定要素は多々ありますが、 安寧が追い求める点と、姫達の予見の点を踏まえますと、現代に蘇りし犬御神殿にございます」
あからさまに蒲公英は顔を曇らせ、身を縮める。 “元” というのも、犬御神という呼ばれ方も受け入れられないことであった。しかし、やはり小さな機微には気にもかけずに藤袴は黒冬に向き直り、眉根を寄せた。
「そして私は秋の七草の精霊、藤袴という者にございます。秋の姫と春の姫のお力で封印を解いて頂きました。秋の七草は王様方に尽力する誓いを立てております故、何かございましたらなんなりと私どもにおいいつけください。 して、話は変わりますが黒冬様。 不躾ながら、ここに参られるまでにあの男から何か聞かれましたかな?」
“あの男”と、藤袴は表で見張りをしているであろう葛を扇子で指した。すると今まで静かに聞いていた黒冬は目の色を変え、眉間どころか額にまでを皺(しわ)を深めた。その表情のなんと恐ろしい事か。普通に会話を続行している藤袴が蒲公英は信じられないと思っていた。
「秋の七草、葛という男の事か。優男め。私を騙し、安寧殿の招集を妨げる理由を問おう」
「…」
藤袴は黒冬の剣幕に全てを悟り、口元に畳んだ扇子を持ってきた。
議題の進め方を切り替える方向に思考を転換したのだ。
葛の動向を知りたいという事と、黒冬がどこまで知っているかを確認したいと思い問いかけた事であったが、まあ、ある意味予想通りであったかもしれない。と、藤袴は思う。とにかく葛は、何かとんでもない方法を黒冬に使い、碌(ろく)に説明もせずお連れした。という状況を藤袴は把握できた。
うつ田姫は“本当に大丈夫なのか”という疑念の顔で藤袴を見ている。
葛の事は後でみっちり色々と絞る事として、藤袴は仕切り直し、黒冬に説明をした。
説明中、黒冬は真剣に耳を傾けていた。また、黒冬自身の話しも彼の口からポツポツと語られた。
どうやら彼は目と鼻の先まで白天社に近づいていたようだが、葛の口車に乗せられてとんぼ返りしてきたようだった。 黒冬は藤袴の口から紡がれる安寧のことや下界の話を、眉一つ動かさず腕を組んで聞いていた。
その目は中央にある明かりあたりを一心に見つめている。
蒲公英はその光景をどこか遠くの方から見ている心地になっていた。
改めて聞いてみても、俄かには信じられないことばかりだ。
しかし、現に皆それぞれ動き出して いる。
それも、神の領域と呼ばれる者や、高精霊達までもが。
王やうつ田姫も嘘をつくような人たちではない。
蒲公英は以前颪王から言われた、「信じられないのではなく、信じたくないのであろう」という問いかけを、今更ながら深くかみ締めた。本気で受け止め、どうするべきかを自分も真剣に考えなければならない。蒲公英は藤袴の話しをもう一度、真剣に聞いた。
藤袴が一通り話し終えると、暫く沈黙があった。 揺れる明かりが皆の影を縮めたり、伸ばしたりする。
ややすると黒冬が口を開いた。
「安寧殿が私を含めた四人の五天布の命を奪い、この地を混沌とする目論見がある故、今度の安寧殿との謁見を阻止したということか。藤袴」
「さようでございます」
普段の黒冬ならば、くだらんと一蹴するところだが、秋の七草と言えば齢四千歳の高精霊。
しかも、颪王、冬の姫が安寧に反旗を翻すというのだからただごとではない。聞いたところ、この秋の七草という精霊に惑わされている感じでもない。
とても信じがたいが、数歩譲ってそうだと仮説しないと話が進まないと見た黒冬は、口調を早めた。
「それで、現状は」
「は。下界が干渉しました天地を結ぶ天の橋立は遅かれ早かれ数日で開くと見立てております。開いた後の詳細は不明です。また、 安寧は谷に身を潜め、 各地に己の手駒を動き回らせ膠着状態になっております。 春の七草は一部は我らの邪魔をしたりしておりますが、主に真澄(ますみ)の鏡を探しているとのこと」
真澄の鏡と聞いた蒲公英が怪訝な顔をすると、うつ田姫こと、花雪がそっと蒲公英に耳打ちしてきた。
「天の橋立が大門だとしたら、真澄の鏡は切り戸のようなものじゃ。 力がなければ下界とこちらを行き来することは 出来ぬものらしい。しかし…、下界というのは恐ろしい場所と聞く。どちらも無いに越したことはない」
龍と麒麟が身を封じた大地、「下界」という所は一体どういう所なのか?
少なからず興味を抱いている蒲公英は、場違いな感情を抱いてしまった事を悟られないように、極力平を保とうとした。
「謡の守(うたのかみ)はどうした。あいつがいながら何をしている」
「謡谷(うただに)の守護精霊は、行方知れずにございます。 どうやら白秋殿が一枚噛んでいるとかいう事も耳にしました」
一人戦う決意を露にした白秋の後姿を、 蒲公英は鮮明に思い出した。彼は別れ際何故あんなことを言ったのだろうか。彼が一体、誰を見ながら言っていたのか?あの瞳を思い出すたびにそう思う。それが蒲公英を不安にさせていたが、どうやら風王も白秋の事は気になっているのか、目を閉じ思案しているようだった。
「白天社は相変わらずでございますよ」
藤袴は今までの口調とは打って変わったような優しい声を出した。
弾かれるように蒲公英は彼を初めて正面から見た。いつも厳しい顔つきの藤袴であったが、今は蒲公英に微笑みかけている。蒲公英はその顔にホッとし、少し笑んだ。と、同時にうつ田姫が呟く。
「お前もそのような顔が出来るのじゃな。些か気味が悪いが…」
「花雪…」
基本男に厳しいうつ田姫が、藤袴の意外な一面を見て驚き、思ったままを言うと、藤袴は元の厳しい顔に戻り、気まずそうに咳払いをした。颪王は隣でうつ田姫を窘(たしな)める。
颪王の横では黒冬が心底呆れた顔をしていた。
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…#22へ続く▶▶▶
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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。