#15【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
■前回のあらすじ■
夜鏡城(やけいじょう)の会議の後、秋の地の守護者である五天布(ごてんふ)の白秋(はくしゅう)に呼ばれ、蒲公英(ほくよう)は彼のいる客間にやってくる。
夜も更けた冬の維摩(ゆいま)の地はとても寒く、二人は囲炉裏の傍で話しをする。その話しは衝撃的なものだった。
下界との干渉で天変地異が起きている事が問題な千蘇我(ちそが)の地。
実はそれ以外にも問題が発生しており、特にここ維摩の地は大地の女神である安寧(あんねい)に表立って反旗を翻した国になっていると言う。
冬の地の王、夜鏡城の主である颪王(おろし)と、冬の四季の姫であるうつ田姫が安寧に賛同せず、秋の七草の精霊たちに、安寧から招集がかかっている内の一人である蒲公英を、知っていながら冬の領地に匿っている状態だからだ。
更に、四季の守護者である五天布も安寧から招集を受けているが、目の前の秋の守護者である白秋はその意志に背き、冬の領地に居るために謀反者として目を付けられているだろうと語る。
混乱する蒲公英に、白秋は更にこう言った。
「安寧殿は、本格的に神となる手順を踏んで、下界と戦う準備を始めています。その為に邪魔なものを省く事を厭(いと)わない覚悟をしています」
続きまして天の章、第十五話。
お楽しみください。
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#15 【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
「安寧様は、千蘇我を守る為に、人を…誰かの命を失わせるとおっしゃるのですか…?」
白秋は少し黙った。その沈黙は長く、肯定を表していた。
白秋は目を伏せたまま、腕を組んで、重い口を開ける。
「命の代償を払う者は恐らく、蒲公英。あなたと、それを阻止する者。下界に加担する者。計画を邪魔する者。協力を拒む者。それからこれは推測ですが、私達五天布も招集に応じた場合、命を失う可能性が高いです」
「…ま、まさか…。私はともかくとしても…五天布様方まで、そんなわけ…」
蒲公英はそう言うと白秋を見るが、彼は薄っすら笑みを浮かべるばかりで否定の言葉を一切発さなかった。
「う、嘘だ…。そんな…だって安寧様は…」
蒲公英が言葉にしようとしてできずにいると、白秋は立ち上がって隣に腰掛けると、蒲公英の肩を抱いて引き寄せた。蒲公英は驚きに目を丸めるが、白秋は小さく呟いた。
「安寧殿は本気、ですね…。分かりますよ。長い年月、彼女とこの地で生きてきたのですから」
ふー…。と、白秋は深い溜息をついた。
どこか、誰かに、遠くへ向けて言っているようだった。
精霊もそうだが、神の領域の者達も一体何年生きているか分からない節がある。白秋も例外ではなく、あのうつ田姫や佐保姫ですら長い、長い年月生きている。
なので白秋の肩を抱く異様に強くて乱暴な力も、少し老人を思わせるものがある。
白秋は長い間安寧と千蘇我で生き、そして蒲公英の知る限りでは白秋と安寧はかなり話しをしてきているようだった。思う所も蒲公英よりもかなりあるだろう。
「今は不確かな事ばかりで、動く時ではありません。蒲公英。暫くはここでご厄介になっていなさい。間違っても春の精霊や、女神には近づかない事です。取り返しがつかない事になるでしょうからね」
「しかし…。いつまでも維摩の方々に甘えているわけには…。私は当事者なのでしょう?白秋殿。何かできないでしょうか?」
白秋は間髪入れずに言う。
「よしなさい。最早女神の緒はは切れているのです。修羅となった今、あの方は今成すべき事しか見えていないでしょう。蒲公英。安寧殿にとって今のあなたはただ道具でしかありません。あなたが知っている安寧殿は、今やもう、死んだと思う事です」
蒲公英が息を呑んで白秋を凝視すると、白秋は蒲公英の目を一度見ると、また振り切るように前を見た。
「今はここに身を預け、私達に任せてください」
白秋は言うや否や立ち上がり、蒲公英の前に来た。
今、目の前にいる白秋は、いつも通りの少し飄々とした雰囲気に戻っていた。
一度こちらを見た時、目をそらした時、白秋は感情を揺らした顔をしていた。
何とも言えない、悲しそうな、悔しそうな、辛そうな顔をしていた。
しかし今や、それは幻だったのかと思うほど、いつも通りの白秋が目の前に居る。
『白秋殿は、いつも笑っておられるから…、本当はどう思っているのか分かりづらい…』
蒲公英は喉までその言葉が出たが、押し込んで出ないようにした。
この言葉すら、迷惑をかけそうで怖かったからだ。
「今はひとまず部屋に戻りましょうか」
ポンポンと、少々強く蒲公英の頭を撫でる手つきはやはり老人のようで、衝撃が少々痛かったが、大きくて暖かな手に少しホッとする気持ちもある。白秋は控えていた者に声をかけると、蒲公英に手をひらひらと振って挨拶をし、暗がりの中の廊下を歩いて行ってしまった。
急に静かになってしまった部屋を、蒲公英は仕方なく後にした。
部屋の少し手前で、廊下に花を飾る床の間のような場所があり、小さな花が一輪飾られていた。その上には春が来る事を表現した句が書かれた掛け軸が飾られている。
穏やかで、柔軟な考えを持つ、人徳溢れる颪王と、同じく信頼がおけるうつ田姫が、安寧と対立している。秋の白秋もその考えに賛同し、安寧と対立している今、何も知らぬ存ぜぬと動かないで彼らの後ろに隠れているだけでいいのだろうか?蒲公英は考えた。
後々の事を考えれば、自分の考えで行動した方が良いと思う。しかし、事が事だけに軽々しく動くわけにもいかない。自分の中に力があるかもしれない“神”がいるかもしれないが、それが蘿蔔(すずしろ)抜きでどう発現させていいかも分からない今、ここに居る自分はいつもと変わらぬ、ただの蒲公英だ。
今、誰もが慎重に動いているのが分かる。
だからこそ、軽率な事をして沢山の人々を悲しませる事だけは避けたい。
世界が混沌としている今、自分が関わっているはずなのに何も出来ずにただ守られているだけと言う状況は、まるで透明人間になったかのように感じる。誰もが自分を腫物に触るように接している。
蒲公英は自分の部屋に入ると、胸に手を置いた。
いつもと変わらない自分の体温を感じる。
歴史からも抹消された存在。
畏れられながらも神と崇められる存在。
何もかもを壊し、新しい世界を創った存在。
『本当に、そんな力が私に眠っているのだろうか?』
恐ろしくも、可能性を感じる。しかし、自分の意志はどうなるのだろうか?皆が救われるなら自分一人どうなっても良いだろうか?そう思ったところで、蓮華の怒り、泣いている顔が思い浮かぶ。
白秋の“今は動く時ではない”という声が思い出される。
一歩を踏み出さなければならない。
勇気を出して行動しなければならない。
その時が来たら…。
“お前の人生はお前のものだ。自由にすると良いです蒲公英。お前に窮屈は似合わないでしょう”
安寧の最後に会った時の言葉が脳裏を過る。
『一体、どうすれば…』
布団に入っても眠れず、暗闇に吐き出される自らの白い息を、
蒲公英はいつまでも、ぼーっと見ていたのだった。
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…#16へ続く▶▶▶
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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。