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自転車
私はその古い自転車を大事にしていた。女の子だからこその濃いピンク。錆びついて重いペダル。時々ブレーキも効かない。姉からのお下がりだが、もしかすると姉も誰かのお下がりだったのかもしれない。
ピカピカで新品の友達の自転車は下り坂では漕がずにシャーっと降りられるが、私の自転車はペダルが止まらないので下り坂で早くなるペダルの動きに足をぶつけないよう気をつけていた。ピカピカで新品の友達の自転車は時々駅の駐輪場で盗まれたが、私の自転車はいつもちゃんとあった。鍵を掛け忘れても。ピカピカで新品の友達の自転車はどこでもピタッと止まったが、私の自転車はキキィーッと大きな音で止まった。時には止まらずに壁に激突した。
「新しいの買ってよ!」と言えば買ってもらえたのかも知れないが、私は言わなかった。親に何かをねだる事が出来なかった。遠慮がちな子供だったし、『みんなと違うのもカッコイイかも知れない』と現実は変わらなくても考え方を変えるのが得意だった。だから本当にその自転車を大事にしていたのだ。これは嘘じゃない。
それでも、「みんな新しい自転車に乗っているのに、お前だけ古い自転車だったから。」と、父が新品の青い自転車を買ってきてくれた日はすごく嬉しかった。本当はピンク色は好きじゃなかった。女の子だけど青い方が好きな子は沢山いるんだって言いたかった。本当はみんなと並べて停めるのが恥ずかしかった。自分が言えないだけなのに買ってもらえないみたいで恥ずかしかった。これで坂道はペダルを止めてシャーって降りられる。駐輪場では鍵を掛け忘れないようにしよう。
何より、言わなくても父がわかってくれた事が、私を見ていてくれていた事が嬉しかった。誰にも気にかけてもらえない可哀想な子なんかじゃ無かったんだ!
「普通に買った方がずっと安いのに」と母は呟いていた。そうか、これは勝ったお金なんだ。時々父がくれるチョコレートが今回は自転車になったのだ。
それでも。やっぱり私は嬉しかった。
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