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ドーナツ 十二個

ざわざわと嫌な感じがいつまでも消えない。
あの変な若い女はあれから一度も来ない。という事はあのドーナツを私に食べさせるのが目的だったのだろうか。
何の為に?
元気な赤ちゃんの為では決して無い筈だ。
食べていたら、どうなっていたのだろう。
毒、とか?無差別じゃない。私を狙ってた。
真子は誰か自分を恨む人がいるだろうかと考えた。けれどわざわざ毒を盛るほど恨んでいそうな人など心当たりがない。
ふと、祐二の事が気になった。
心当たりは無いけれど何か逆恨みされているとして、まさか祐二も狙われていたらどうしよう。若い女の子からの手作りに鼻の下を伸ばして食べてしまうかもしれない。
真子は慌てて祐二の携帯に電話をかけた。祐二は十回ほど鳴らしても出なかったが、少し待ってから掛け直すとすぐに出た。
「真子?どうした?」
いつも通りの祐二の声にほっとする。
「ううん、別に。何でも無いんだけど、ちょっと心配になって。」
「心配?俺は大丈夫だよ。飯だってコンビニで買ったりして食べてるし、掃除もしてるし。」
「うん。元気ならいいの。あ、浮気してなければね。」
「へ?浮気?なんで?」
祐二の声が急に大きくなって真子は笑った。
「そんなに驚いたら疑っちゃうよ。」
「俺が浮気ねぇ。」
「若い女の子の手作りスイーツとか鼻の下伸ばして食べちゃダメだからね。」
電話の向こうで祐二も笑った。
「何だそれ。そういや職場でドーナツ作るの流行ってるみたいでさ、最近毎日机の上に置いてあるんだ。」
「祐二にだけ?」
「いや、みんなに。俺は甘いもの嫌いだから全部後輩にあげてるけど。」
「なーんだ。モテないなぁ祐二は。寂しかったら毎日電話くれてもいいんだよ。」
「真子の声を聞きたい気持ちを極限まで溜めてから電話するのがいいんだよ。」
「変なの。」
いつもと変わらない祐二の声に真子はようやく心が騒つく嫌な感じが取れた気がした。
「なんか声聞いたら祐二に会いたくなっちゃったな。ちょっとだけ帰ろうかな。」
「駄目だよ。お腹に赤ちゃんいるんだから運転禁止。電車も禁止。お母さんに甘えさせてもらって身体も心もゆったりのんびりしてなさい。」
電話の向こうの祐二の声は優しく甘い。
「会いたくなっちゃったもん。祐二の顔見ないと心がのんびり出来ない。」
「困ったお母さんだなぁ、真子は。俺が行くから待ってなさい。」
「いつ?すぐ来る?」
「すぐは無理だよ。新米お父さんは赤ちゃんと甘えん坊の奥さんの為に働いてんの。」
「結婚する前は会いたいって言ったらすぐ来てくれてたのに。」
電話の向こうで祐二が笑う。
「真子はもう俺のものって安心してるからかな。そんなに会いたがってくれて嬉しいよ。俺も会いたい。ー愛してる、真子。」
真子は懐かしくて少し笑った。結婚前もどうしても来られない時はいつも「愛してる」の言葉で誤魔化されてたっけ。
「あんまり安心してると浮気しちゃうからね。」
「会いに行くまで良い子にしてて。」
祐二と話すと安心する。
そんなに遠い距離じゃないし、安定期だもの。祐二には秘密で会いに行こう。
祐二の驚いた笑顔を想像して楽しくなった。

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箔玖恵
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