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ドーナツ 十五個

青信号を待つ人。
停車中のタクシーの運転手。
バスを待つ人。配達中の人も犬の散歩をしている人も。みんな黒いドーナツを食べている。
やっぱり、おかしいよ。
誰か食べていない人はいないかと探しながら彩は自転車を走らせる。
けれど、どこまで走ってもみんな黒いドーナツを食べていて、彩が疲れて立ち止まればわらわらと寄ってきてドーナツを差し出す。
「どうぞ、食べて。」
「疲れているでしょう。」
見知らぬ人達の仮面みたいに同じ笑顔が気持ち悪い。襲ってこないゾンビみたいだ。ドーナツゾンビ。
差し出されるドーナツの輪から飛び出してまた走りだす。
ゾンビって人間に戻らないんだっけ。甘いドーナツを食べて変になったから、塩とかかけたら戻らないかな。
彩の少し先で歩きながらドーナツを食べていた男が突然ばたりと倒れた。
大丈夫ですかと声をかけようと自転車を止める。倒れた男は仰向けで痙攣しているみたいに手足をばたつかせ、激しく瞬きする。口からドーナツの黒く小さな塊と白い泡が流れる。
本当にゾンビになってしまう。
怖くて動けず、自転車にまたがったまま見ていると、突然大きな唸り声を出し腹部を両手で掻きむしった。
腹部が縦に裂けるように開いていく。裂け目からごろごろと黒い塊が溢れ出てきた。近くを歩いていた人達は集まってくると倒れている男の腹部から出た黒い塊を次々に拾って食べだした。
「あなたもどうぞ。」
「美味しいよ。」
集まった人達は腹部から出た黒い塊を彩に差し出しながら近づいてくる。
倒れたままの男が頭をもたげ、濁った白目しかない目で彩を見る。腕の関節を不自然に曲げながら腹部から黒い塊を一つ取る。
「ほぉら、食べなさい。」
悲鳴にならない声を飲み込んで彩は力一杯に自転車を漕ぎ出した。


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#創作大賞2024
#ホラー小説部門

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箔玖恵
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。