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寒い日には / シロクマ文芸部

寒い日には幽霊が来るので会えません。
「って連絡来たんですよ。」
隣の部屋に住む侑斗が持参したガラナを一口飲んだ。こんな時飲むのは酒だろ、と思ったが一年の侑斗はまだ二十歳になっていない。振られても法律を守る律儀な男だ。
「僕は幽霊より魅力無いってことですかね。」
「岡本だからな。」
俺と同じ二年の岡本はいつも真っ黒い服で大学に来る。ゴスロリとか言うらしいが明らかに周囲から浮いていて、幽霊話以外はあまり喋らないのに隠れファンが多い有名人だ。白い肌に大きな黒い瞳、濡れたような長いまつ毛が尊くて近寄りがたい感じが推せる。らしい。
「岡本の幽霊好きは侑斗も知ってたろ。どんな幽霊が出るの?とか聞けばまだ望みはあるよ。」
普通の女子なら会いたくない言い訳だろうが岡本なら本当かも知れない。
「聞いてみたんです。そしたら具体的に教えてくれて。」
俺は失恋話より幽霊話で飲もうと侑斗が持ってきたビールを開けた。
「まず玄関から冷気を感じるらしいんです。で、見に行くと玄関の扉が真っ白に凍りついていて触れない。手袋をして鍵を開けてもびくともしなくて外出できないって。」
ビール片手に侑斗を見ていたが話の続きはないらしくガラナを飲んだ。
「え?幽霊は?」
「出て来なかったですよね。」
「北海道の古い家の冬あるあるだろ。うちの寮もタックルしないと開かないくらい玄関凍るぞ。」
侑斗は力無く俯いた。
「ですよねぇ。やっとデートの約束できたと思ったけど、迷惑だったのかなぁ。」
仕方ない。今日は一緒に飲んでやるか。
引き出しから俺の地元千葉県産の落花生の袋を出してやった。


忘れてた。今日は節分だった。
幽霊なら塩だと思って玄関に撒いたけど、より凍りつかせるだけだった。
節分なら話が違う。幽霊じゃなくて、鬼だ。
鬼なら豆で追い払えるかも知れない。
私は左手で落花生を握りしめる。
人生初のデートをキャンセルさせられた恨みを込めて、玄関ドアに投げつけた。
「鬼は外っ!」
ぎゃあ、と太い声が聞こえ、蜘蛛の子が逃げていくように玄関ドアの氷が溶けていく。
遅くなったけど行けそうです、と侑斗くんに連絡して玄関ドアを開ける。
と、あちこちから泣きながら逃げる鬼達が見えた。目が合わないうちに素早くドアを閉めて、もう一度侑斗くんに連絡する。
節分なので会えません。


子供の頃から酒桝に丸い豆が入ってる絵を不思議に思っていましたが、関東圏では節分に落花生撒かないんですよね。都内のスーパーで節分用の豆見て驚きました。

先週から挨拶もなくしれっと参加しているシロクマ文芸部さん。以前から気になってはいたけれど木曜から日曜までと超短期開催のためなかなか難しいのですが、参加条件をクリアすべく他の方の作品を読むと「先にお題知ってた?」ってくらい素敵な作品があって楽しいです。
毎ショも全然読めてないのに。
自分が何人かいたら一人は読書に使いたい。

#シロクマ文芸部

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箔玖恵
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。