猫爪月
冬の帰り道はもうすっかり暗い。街灯の少ない細い道をとぼとぼ、よろよろ、足取り重く歩いていた。肩に背中に後悔や絶望感やなんだか色んな黒いものを乗せられているみたいだ。このまま歩いて行くのが酷く辛い。つま先を見ながらなんとか歩いていると、
上を見ろ
道路に白いチョークで落書きがあった。子供の頃こんな落書きあったなぁ。指示通りに見て行くと最後に絶対馬鹿にされるやつ。けど、こんな道路に書いたって上には何も無いでしょうに。そう思いながらも上を見てしまう。
深く、暗く、滑らかな濃い紺色の空に猫の鉤爪のような細い月。白く光る星。
綺麗。自分が下ばかり見てた事に気付く。冬の冷たい夜空に猫爪月。そうだ、こんな夜空が好きだったのに最近ちっとも見上げていなかった。
冷たい空気を吸い込み、歩きながら聞いていた流行りの音楽を昔から好きだった懐かしい音楽に変える。なんだか背筋も伸びて少し元気が出てきた。単純だなぁと思うけれど、たまには単純でいいとも思う。三曲目くらいで「ガンバレ」と直接的な歌詞が出てきた。あまりガンバレと言わない方がいいと聞くけれど、私はガンバレと言って欲しいのかも知れない。この曲を聴くとそう思う。
人にやさしく してもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
がんばれって言ってやる 聞こえるかい
「がんばれ!!」
「きゃっ!!」タタタタタッ
…つい歌ってしまった。少し前を歩いていた女性が軽い悲鳴を上げて走っていった。不審者では無いんです、驚かせてごめんなさい…と言うにはもう遠すぎた。
猫爪月を見ながら帰った。ちょっとだけ罪悪感を肩に乗せて。
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。