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しーっ
音を立ててはならない。足音はもちろん、衣擦れの音にも細心の注意を払わなければならない。ドアの開閉でガチャリ、なんてもってのほかだ。
日曜日の少し遅い朝。この時間なら朝食を終えた住民はおそらく居間にいる。居間から漏れ聞こえるテレビの音を気にしながら、しかし躊躇なく階段へ向かう。ここで躊躇っていてはトイレへ向かう誰かと鉢合わせる可能性がある。廊下に人の気配が無いうちに一気に階段を上らなくては。
廊下も階段も木で出来ているので軋まないよう、ゆっくりとしかし出来るだけ素早く爪先で進む。もう少しで階段を上りきる頃、後ろに気配を感じた。
見られた!
と思い振り向くと猫であった。私の行動を不審に思っているのか鳴いたり甘えたりする事なくジーっと見ている。一応、人差し指を立てて静かにするよう伝えておく。階段を上ったら突き当たりの部屋へと入る。ドアが少し空いていたのでドアノブの音を気にする必要はなかった。
やった。これでミッションはほぼ完了だ。仕上げに急いで服を脱いでパジャマに着替え、髪をボサボサにする。完璧だ。
今度はわざと音を立ててドアを開閉し階段を降りる。猫がまだ不審そうについてくるが気にする事はない。告げ口するような猫ではないからだ。居間のドアを開けると予想通り家族がいた。
「あら、帰ってきてたの?」母が聞いた。私は眠そうに(本当に眠いので演技ではない)目を擦りながらうなづく。軽く伸びをしてキッチンへ行き牛乳をコップに注ぐ。注ぎながら姉が目を丸くしているのを見て姉にはバレていると悟った。部屋のドアが空いていたから、様子を見に行ったのだろう。しかし、“朝帰りではありません、夜中だけど帰ってきてましたよ”演技は続行とする。私はもう立派な大人だ。朝帰りを咎められる事は無いだろうが、いい加減嫁に行きなさいよ、と別の角度から攻められたくないのだ。そして父の持つ『良い娘』イメージも崩したくない。
日中の侵入は緊張感があったが今回も上手くやり遂げた。ミッションは成功だ。私は安心して牛乳を飲みながら窓の外を眺める。キッチンの窓からは玄関が見える…が、玄関の前、塀の内側に鞄と靴が見えた。
あぁ、静かに侵入する事に集中しすぎて置いてきてしまった…。次は両親やご近所にバレずに回収しに行くというミッションに挑まねば。
親と同居する限り、いや私が朝まで飲みすぎる限り、ミッションは続くー
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