夜の学校
いつもと同じ学校なのに、夜に登校するだけで何だかドキドキする。薄暗く静かな校舎。暗くて誰かが遊んでいても顔が見えない遊具。
「うちの学校にも七不思議とかあるのかなぁ。」ダイキが水筒をぶらぶらさせながら言った。「あるらしいよ、階段が一段増えるとか。他にもトイレとか音楽室とか…理科室とか。」おどかすように手を幽霊みたいにしてコウタが言った。「ギャーッ」とみんなで大声を出しながら校門へ駆け込むと担任の星野先生に「うるさいぞ。」と怒られた。
今日は四年一組だけ集まって、特別授業だ。いつもの特別授業なら「面倒くさいなぁ。」と文句を言うけれど、夏休み中の授業なのに誰も文句を言わないどころか楽しみにしていた。だって、夏休みなのに、おじいちゃん家に行っちゃダメ、遠くに旅行しちゃダメ、花火大会も夏祭りも市民プールも中止で今年は本当につまらない。そんな中で、夜7時に学校集合なんてもう大イベントだ。「特別授業って何だろう?」「きもだめしじゃない?」「きもだめしって何だよ。」なんて勝手に予想しあっていると出席を取っていた星野先生が急に「シーッ」と言いながら指を口に当てた。ザワザワしていた皆んなが静かになって星野先生を見る。静かになると先生が小さな声で話し出した。
「今日はこれから夜の特別授業です。静かにしていないと聞こえなかったり見えなかったりしますので、お喋りは禁止。みんな忍者になったつもりで静かについてきて下さい。」僕とダイキは「忍者だって」と声を出さずに口パクで言い合った。星野先生が先頭になって歩き出し、みんなも二列になってついて行く。ソロリソロリ。一番最後は校長先生だ。校庭を出発して、どこに行くのかとワクワクしていると中庭ですぐに立ち止まった。
「では、これに乗って下さい。」と言われて見ると、いつもは雑草だらけの場所に屋根のない小さなバスがあった。コウタが「アトラクションみたいだな。」と小声で言った。みんなが乗ってシートベルトをすると、すごく静かにバスが発車した。上に。上に?「バスが、浮いてるぞ。」とダイキが興奮して言った。みんなもビックリして「ギャー」とか「怖い」とか言い出したけれど、星野先生がシーッと言ったのでまた静かになった。「先生、バスが浮いてます…」クラスで一番真面目な笹野さんが聞くと星野先生は頷いて「大丈夫だから、騒いで落ちたりしないようにね。」と優しく言った。校長先生も笑顔だ。バスはゆっくりと浮いて、4階建ての学校よりも高くなった。勇気を出して下を見ると、僕も少し怖かったけど、みんなに怖がってるなんてバレたくなかったから平気な顔をしていた。たぶんチラチラと下を見てるダイキもコウタも同じだと思った。
何メートルくらいかは分からないけど、学校も駅もグミみたいに小さくなった辺りでバスは止まった。みんな下を見ていたから高くて怖くてシーンとしていたけど「下じゃなくて、空や周りを見てごらん。」と星野先生に言われて、初めて空を見た。すると、いつもより沢山の星がプラネタリウムみたいに広がっていた。「すごい、きれい。」「本当に手が届きそうだね。」みんな上に手を伸ばしてみた。星はすぐそこにありそうで、でもやっぱり届かなかった。「じゃあ、今みんなの上に見える一番明るい星が…」星野先生が星座の説明を始めた。夏休み前にもらった星座早見表と星空を比べて見る。「先生、早見表より星が多すぎてわかりません。」と笹野さんが言うと「早見表みたいに線つけて欲しいよな。」とダイキが言った。校長先生が笑って「やっぱり線があった方がわかりやすいね。では、お願いします。」と上を見ながら言うと、星野先生が説明していた星がブルブルッとふるえて、ラメ入りのペンで書いたみたいなキラキラした線が出てきて、隣の明るい星につながった。するとまた、そのつながった星がブルブルッとふるえて…どんどんつながって、3つの星座が出来上がった。「夏の大三角形だ。」僕たちの真上に大きな三角形ができた。「うわぁ。」「キレイ。」と歓声があがる。「みんな静かに。えーっと、あの星が…」先生が説明する星がチカチカと点滅して分かりやすい。これなら次のテストは百点が取れそうだ。僕は星の授業が大好きになった。
星野先生の説明に合わせて、ほかの星もラメの線でつながって、本当にプラネタリウムの真ん中にいるみたいだった。ぐるっと見ていると先生の後ろ、左上の方で小さくキラキラ光っていた小さな星がだんだん大きくなって近づいてきた!「先生、後ろ!」「危ないっ。ぶつかる!」みんなの声に星野先生が振り向く時には、もうバスのすぐ近くだ。先生は「うん、これは流れ星だね。流れ星って言うのは…」と説明しだした。「ぶつかるよっ!」あわてる僕たちに校長先生が「大丈夫だよ。ほかの星も手を伸ばしても届かなかったように、近くに見えても本当の星はすごく遠くにあるんだから。」と教えてくれた。校長先生の言うとおり、頭の上を通り過ぎるときにドキドキしながら手を伸ばしてみたけど届かなかった。けど、流れ星が通り過ぎるときに何かキラキラが降ってきた。みんな空中でつかまえて手を開くと、キラキラでトゲトゲした小さな粒だ。「金平糖だよ。食べてごらん。」こんぺいとう?ひとつ口に入れるとほんのり甘かった。かじるとカリッと音がする。みんなからもカリッ、ガリッと音がした。笹野さんがうつむいていたので「もしかして、こんぺいとう取れなかったの。」と聞いてみた。笹野さんは小さくコクンとうなずいた。僕は手を開いて「少しあげる。」と言った。笹野さんは目を大きくして「いいの?…じゃあ、水色の1つもらうね。」と金平糖を1つ取った。僕は「たくさん取ったから。」ともう3つ笹野さんにあげて、2人で食べた。カリッ。ガリッ。「ちょっとだけ甘いね。」「そうだね。ちょっとだけね。」
「ではこれで今日の特別授業はおしまいです。」と星野先生が言うと、いっせいに「えーっ」と声があがった。「まだ見たい。」「もっとー。」と言ってみたけれど、バスはゆっくり動きだした。今度は下に。星座を作っていたラメの線は消えて少しづつ学校が見えてきた。屋上が見えて、中庭が見えて、雑草のなかにゆっくりと降りて停車した。
「あーぁ、もっと見たかったな。」僕が言うとコウタも残念そうに「こんぺいとう、もう少し食べたかった。」と言った。校庭まで行くと、お母さんたちが迎えに来てた。ダイキのお母さんは来てなかったけど、同じ方向だし、いつも通り一緒に帰った。お母さんが「帰ったら花火しようか。ダイキくんとコウタくんも一緒に。」やったーっ!と僕たちはジャンプした。「終わったら送っていきますね、」なんてお母さん達は話してたけど、僕たちはもう走りだしていた。特別授業は終わったけど、まだもう少し遊べるのも、久しぶりの花火も嬉しかった。
「やっぱり夏休み、最高だな。」「最高だな。」
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