見出し画像

ドーナツ 六個

「ミルクって本当に本名なの?嘘だろ。」
「本当だもん。お姉ちゃんはミントで、もし妹が産まれていたらラムレーズンだったの。」
狭い車内に大きすぎる笑い声が響く。
「ラムレーズンちゃん!可愛いのか、その名前!」
ミルクの挨拶代わりの鉄板ネタだ。嘘っぽいけど本当の話。
「彩ちゃんは?兄弟とかいないの。」
「はい。えっと、私は一人っ子です。」
助手席の大学生が振り向いて笑った。
「敬語使わなくていいよ。」
「あ、はい。」
バスでプールの筈が車で海になった。安藤が夏休みに出来た大学生の彼氏を自慢したかったのか、彼氏側が女子高生の彼女を見せたかったのか知らないけれど彩は少し憂鬱だった。
先に言ってくれたら、お気に入りのサンダル履いたのに。Tシャツなんかじゃなくてワンピースとか着たのに。持ってないけどさ。
初めて会う大学生ともすぐに打ち解けたミルクをちらりと見る。ミルクは雑誌の読者モデルをやっているほど可愛くてスタイルもいい。彩と同じようなTシャツにショートパンツでも断然可愛い。せめてミルクの横じゃ無ければなぁ。
「彩ちゃんは大人しくて可愛いね。」
助手席の爽やかな大学生に言われて彩は顔を赤くして俯いた。
「ミルクは煩くて可愛くないってこと?」
ミルクが大袈裟に頬を膨らませて言うと大学生達はまた大きな声で笑った。
「可愛いよ、煩いけど。」
「褒められてる気がしなーい!」
安藤の彼氏自慢を聞くのは嫌だと思ったけどミルクと乗るのは失敗だったかなぁ。
「彩がそっち乗るならミルクもそっちね。」
と安藤がすぐに言ったのは自分がミルクと乗りたくなかったのかも。彼氏は見せたいけどミルクは近づけたくない、みたいな。あぁ面倒臭い。
「ところでさ、」
運転席の大学生がルームミラー越しに彩を見た。
「彩ちゃん乗せてから、すごくいい匂いがするんだけど。」
「いえ、私じゃないです。香水とか付けてないからミルクだと思います。」
助手席の爽やかで優しそうな大学生、剛さんがまた振り向いた。
「敬語じゃなくていいって。」
「すみません。」
少し大きめの口に薄い唇。笑うと見える白い歯と優しそうな目。三歳しか変わらないのに、大人っぽい。剛さんが何度も振り向いて彩に話しかけてくれるのは気を遣ってくれているのかな。それとも。
「香水とかじゃなくて。なんかこう…甘くて、美味しそうな良い匂い。」
運転席の人に言われて彩はドーナツを持っていた事を思い出した。たくさん荷物が入ることだけが取り柄のバッグから袋を取り出す。
「これの匂いかな。みんなで食べようと思ってドーナツ持ってきたんです。」
袋を開けると車内に甘い匂いが広がった。
「あーそれだ。俺ドーナツ大好きなんだよ。」
「俺も。彩ちゃん、食べてもいい?」
こくりと頷いてドーナツを袋ごと差し出すと助手席から剛さんが手を伸ばして二個取り出した。大きい手だけど綺麗な指に真っ暗なゴツゴツしたドーナツ。
「手作りじゃん!料理出来ますアピールするなんて、安藤が彼氏連れてくるの知ってたの?」
「違うよ、私も知らなかったし。」
こんなゴツゴツしたドーナツが私の手作りだなんて思われるの恥ずかしいし。
「手作りか。すごいね彩ちゃん、美味しそう。」
剛さんはまたにっこり笑うと、一個を運転席の人にあげて自分も一個ぱくりと齧った。唇の端に黒いドーナツが少しついた。大人なのに可愛い。
「うん、美味しいよ。」
ドーナツが齧られる度に彩は自分の分身が食べられてるようでドキドキした。
本当は作ったのママだけど、まぁいいや。

https://note.com/preview/nc62be2f1a415?prev_access_key=4bcd43996dc570f6f44dd3b7c7a6a69a



#創作大賞2024
#ホラー小説部門




いいなと思ったら応援しよう!

箔玖恵
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。