ドーナツ 二十一個
鍵が開いている。
ごくりと唾を飲み込んで彩と目を合わせて頷くとドアを開けて中に入った。
吐きそうなくらい甘い匂いが真子に纏わりつく。彩は首を左右に振りながら真子の手を強く掴んだ。真子にも分かっている。ここにもドーナツを持った奴等が来たのだ。でも祐二の様子を確かめなくては。
居間のドアを開ける。
床に座る祐二の背中が見えた。その向こうに明るい茶色の長い髪。反対側に白く長い脚。
茶色の長い髪が動いて立ちすくむ真子の方へ顔を向けた。白濁した目を見開いて、微笑んでいる桜色の唇。
あぁこの顔、知ってる。あの若い女だ。
桜色の唇が動いた。
「大好きな祐二くんの奥さんだぁ。ねぇ、一緒に食べようよぉ。」
祐二がゆっくりと振り向く。若い女の腹から溢れ出るドーナツを食べながら真子を見て笑った。
「お帰り、真子。美味いぞ、ミントのドーナツ。」
間に合わなかった。
大好きな祐二くんって何だ。
何で二人ともほぼ服着てないの。
混乱したまま動けないでいる真子の腕を彩が激しく揺さぶる。
「真子さん!もう駄目だよ!早く逃げよう!」
もう駄目だよ。そうか。
「うん。ごめん、少し待って。」
真子は彩の手を外して祐二に近づいた。咽せ返るような甘い香りとこの状況に眩暈がした。
「真子。ほら、食べよう。」
祐二は上半身は裸で座ったまま、短いスカートしか身に付けていない女の腹から黒い塊を掴んで真子に差し出した。
その気持ち悪い薄ら笑いを浮かべた頬を真子は握り拳で思い切り殴った。
倒れ込んだ祐二に背中を向け、彩の手を掴んで真子は家を飛び出した。
ここにはもう用は無い。とにかく逃げよう。私と彩ちゃんみたいに食べていない人がどこかにいる筈だ。
軽自動車を囲む奴等を払い除け車に乗り込むと真子は走り出した。
ドーナツの輪の及ばないどこかへ。
【終】
いいなと思ったら応援しよう!
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。