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ドーナツ 十八個

彩と名乗った女の子を助手席に乗せてスーパーの駐車場を出た。
「真子さんはドーナツ一口も食べていないの?」
「うん。」
彩はやったぁと両手を上げた。
「彩ちゃんはどうしてドーナツ食べなかったの?」
「最初はね、ダイエット中だから我慢したの。けど彼氏になりそうな人が道で知らない人から貰ったドーナツ食べてるの見たら何だか甘すぎる匂いも彼も気持ち悪くなって逃げちゃった。初めてのデートだったのに。」
真子もスーパーでドーナツを持つ手に囲まれた時、その甘過ぎる匂いに吐き気がした。
「あれが誰かのお腹から出てきてるなんて、彩ちゃん食べなくて良かったね。だけど、本当に何が起きてるんだろう。」
「ドーナツゾンビだよ。襲ってこないけどドーナツ食べろって追いかけてくるの。お腹いっぱいなのにお菓子たくさん持ってきてくれるおじいちゃんみたい。」
口を尖らせて怒る彩を見て真子は笑った。何が起きているのかも分からず酷く怖いのは変わらないけれど、お菓子持ってくるお爺ちゃんを想像すると少し平和な日常を思い出した。
「おじいちゃんの家近いなら無事かどうか見に行ってみようか?」
彩は首を振った。
「おじいちゃん、少し前に死んじゃったの。叔母さんと一緒にお腹を切られて殺されたって聞いたけど、もしかしたらお腹からドーナツ出して死んじゃったのかも。お母さんもお爺ちゃんの家に行ってからドーナツ食べてるし。」
友達も親もみんなドーナツを食べてしまっている中でこの娘はたった一人でいたのだと思うと真子は自分がもっとしっかりしなくちゃとハンドルを強く握った。
「真子さんの家の方はドーナツゾンビ来てないの?」
「そうかも。私の両親は食べてなかったし、近所にもドーナツ食べながら歩いてる人とかいなかったもの。」
「じゃあ、真子さんの家の方に戻る?」
歩きながらドーナツを食べる人達を見ながら真子は首を横に振った。
「こっちに夫がいるの。彼を乗せてから戻るよ。」
「でも…」
彩が不安そうな声を出した。
「でも、残念だけどこの辺はもう食べてない人いないかも。真子さんに会うまで一人も見つけられなかったもん。」
「大丈夫。あの人甘いもの大嫌いなの。」
安心させようと、真子は助手席の方を向いて彩に笑いかけた。
ーーどん、と鈍い音と激しい衝撃。
人を轢いてしまった。
青ざめてブレーキを踏む真子の目の前で宙に浮いた女性の身体が弾むようにボンネットに乗り長い髪が鞭のように打ち付ける。まるで自分の両腕に乗ったかのような重圧感に真子は悲鳴をあげそうになった。
違う。悲鳴じゃなくて、救急車呼ばなくちゃ。
携帯電話を取り出そうとバッグに手を伸ばす。
どうか生きていますように。
ボンネットに横たわる女はぴくりと指を動かした。ゆっくりと顔を上げると微笑んでフロントガラス越しにドーナツを差し出した。
「ねぇ、食べて。」


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箔玖恵
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