雨の車内
夕方になって急に降り出した雨が激しく窓を打ち付けて流れていく。駅前の街灯の下を傘をさした人々が足元を濡らしながら通り過ぎていった。車内では2人、押し黙ったままの気不味い時間が長く続くように感じられたが、実際は数分だっただろう。先に口を開いたのは助手席に座った彼女の方だった。ぎゅっとバッグを掴む手に力が入る。彼はハンドルに手をかけたまま、固まってしまっているかのように動かず彼女を凝視していた。
「ご…ごめんなさい。」
困ったような顔で早口に一言謝ると、ドアを開けて彼女は車から出て行った。後には激しい雨の音。1人取り残された彼は車を停車したまま、呆然としていた。彼女はもう2度と戻らないだろう。こんな事は初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。いや、何も出来ることなど無いし、彼女に何か声をかける必要すら無いのだけれど。
「お待たせ!」数分後、助手席に座ったのを確認して彼は車を発車させる。「お兄ちゃん、駅まで迎えにきてくれてありがとうね。急にすごい雨が降ってきたからホント助かったー。」駅まで妹を迎えに来ていた彼は「お前が来る前にさ、」と話し始める。「たぶん車を間違えたんだろうけど、知らない女が乗り込んできてびっくりしたよ。そそっかしい人もいるもんだよなぁ。」
なんて、話しているのかなぁ…と考えながら、私は間違えた車の2台後ろに停車していた父の車に乗った。うっかり間違えた男性の車は、父の車とは全然似ていなかった。
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