ドーナツ 十三個
電話を切ると祐二は大きく息を吐いた。
携帯電話を待つ掌が濡れている。
電話で良かった。目の前で聞かれていたら動揺しているのがすぐに分かっただろう。
真子から電話してくるのは珍しいし、急に浮気の話になるのも不思議だ。妊婦のカンなのかな。
玄関の鍵を開けて中に入る。
と、玄関にミントの華奢なサンダルが綺麗に揃えて置かれているのに驚いた。ミントの靴はいつも投げ出したかのようにバラバラに落ちているのに。居間の扉を開けるとソファ周りに適当に積んでいた雑誌が片付けられている。
ーまさか、真子が来たのか。玄関にはミントのサンダルしか無かったし、電話の口調はいつも通りに感じたぞ。
祐二は青ざめながら居間に入ると、そこにいたのはミントだけだった。長い髪を無造作に纏めて白い首筋を露わにして台所に立っている。
綺麗なだけで料理なんかしない女だと思っていたのに、一緒に住んでいると料理も掃除もやりたくなるものなのかな。
祐二は静かにミントの背後に近づくと白い首を指先でくすぐった。
「やだ、くすぐったい。」
笑顔で振り向いたミントを見て祐二は固まった。いつも通り見慣れた可愛らしい笑顔なのに、何かが違う。瞳が輝いていない、笑顔の仮面をつけているような違和感のある顔。
「祐二くん、おかえりなさい。」
顔を寄せてキスしようとしたミントから避けるように後退りする。
「どうしたの?」
「あぁ。いや、まだ手を洗っていないから。」
祐二は洗面台に向かいながら背中が寒く感じた。この違和感。恐怖。恐怖?ミントに?
ミントに恐怖を感じるだなんてバカバカしい。真子にバレるかもと思った後ろめたさか。
真子が里帰りから戻るまで楽しもうと思っていたが、早めに切り上げた方がいいかもな。と考えながら振り向いてミントの短いスカートから伸びた太ももやふくらはぎを眺める。
いや、まだ現実に戻るのはちょっと惜しい。
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