秘密屋 ー海が見える霊園ー
ちらちら揺れるヘッドライトを頼りに細く畝る山道を登っていく。あまり整備されていない道路は酷く揺れ、車が跳ねる。最悪だ。こんな依頼を引き受けてしまった自分にも腹が立つ。
真夜中に訪れた五、六十代の女性は最初から高圧的だった。腕にかけた手提げから封筒を出してテーブルに置くと「これでお願い。」とだけ言って無愛想に見下ろした。
「どんな秘密をお探しですか。」
「白雪ちゃんの言葉よ。どうしても最後に何て言ったのか知りたいの。さぁ出して。」
さぁ出して、と言われても『白雪ちゃん』が誰なのか知らないし心当たりも無い。
「特定の方の秘密ですと、採集に行かなくてはなりません。場所によっては日数もかかりますしお値段も張りますが。」
女性はふん、と鼻を鳴らして唇の端を下げた。
「胡散臭い商売のくせに、ふっかける気ね。採集って何よ。白雪ちゃんの言葉が虫みたいにどこかに飛んでたりするって言うの?」
「秘密は大抵お墓に。値段は内容によって変わります。」
「お墓?白雪ちゃんのお墓は海が見える霊園よ。内容なんて分からないわ。分からないから知りたいんじゃないの。」
海が見える霊園。何かの宣伝で聞いたことがあるような…そうだ、ペット霊園だ。
「白雪さんってペットですか?」
「ペット!?そんな言い方しないでちょうだい。白雪ちゃんは私の大事な家族だったのよ!」
鼻息荒く怒る女性をなだめ、写真を見せてもらうと毛足の長い真っ白な猫だった。キラキラした丸い目をカメラに向けてツンとすました様子で座っている。動物の秘密など扱った事は無いが、封筒には充分すぎるお金が入っていたし、そう難しく無いだろうと判断して引き受けた。それがこのまさかの山道だ。『海が見える』のだから山の上にあると判断するべきだった。こんな酷い道じゃ車が壊れてしまいそうだ。
跳ねる車内で肩や頭をぶつけながら進むと急に視界が開け、広い駐車場の奥に洋館が暗くひっそりと建っていた。真夜中だし、こんな山の上の墓地だ。誰もいないだろう。駐車場に引かれたラインを無視して洋館のそばに車を停め、館の脇の小道を通り抜ける。洋館の裏には白く小さな墓石が並んでいて、墓石の周りには大小様々な『秘密』がぼんやりと浮かんでいる。普通の墓より多い気がするのは、話せない分言いたかった事があるんだろう。聞いていた白雪ちゃんの墓の前まで行くと乳白色の『秘密』がふわふわと浮いていた。近づいて覗くと『秘密』の中であの白猫が何やらパクパク言っている。それを掴んでそっと黒い袋に入れた。よし帰ろう。急いで引き返し洋館の脇の小道を通り抜け車の前まで行くと、金色に近い明るい茶色の犬が行儀良く座っていた。目が合うと嬉しそうに尻尾を振りながら走ってきて、足の周りをグルグルと回った。犬嫌いではないが連れ帰るつもりは無い。
「自分の所へお帰り。」
返事をするように、くぅん、と一声鳴いたが、運転席を開けたとたんにサッと乗り込んで助手席に座った。
「いや、降りてくれよ。」
犬は行儀良く座ったまま嬉しそうに尻尾を振っている。よく見るとタグがついた青い首輪をしていたので、首輪を引いて降ろそうとしたが無駄だった。首輪も犬も触れないのだ。仕方ない。持ち主の元へ乗せて行こう。酷い山道を犬と共に揺れながら降りていくと東の空が少しづつ水色に変わり、星も月も西へと追いやられていった。
街へ着く頃にはすっかり朝になっていた。犬は利口でナビ代わりに曲がり角に近づくとワンと吠えて教えてくれる。左に曲がる時には肘を咥えて引っ張られ、右に行きたければ鼻先で押された。だんだんと尻尾の動きが速くなり、立派な門の前に来ると落ち着きなく助手席でグルグルと回り出した。どうやら到着したらしい。屋根のついた木製の門の前に車を停めると和服の老人が新聞を取りに出てきた所だった。犬はドアを開ける間も無く飛び出し嬉しそうに和服の老人に飛びついた。
「マサヒコ!マサヒコじゃないか!お前、帰ってきたのか。」
老人も犬に会えて嬉しそうだ。
「犬が見えるんですね。」
「あぁ見えるとも!君が連れてきてくれたのか。ありがとう。私はずっと独身でね、このマサヒコだけが家族だったんだよ。…そうだ、朝食でもどうかね。大したものは無いがお礼も兼ねてご馳走するよ。」
「…では、珈琲を一杯頂きます。」
マサヒコがズボンの裾を咥えて引っ張った。亡くなったペットが見えるのは死が近い事を意味する。再会を喜ぶ老人に言いづらいが、犬のマサヒコが迎えにきた事を伝えなければならない。
『東峠』と書かれた立派な表札を見ながら門をくぐった。
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。