レグルスと呼応する海辺
木の上から、砂浜を元気に走るライオンを見つめる。一頭しかいないようだ。しかし、ライオンは群れて暮らす動物ではないのか。こんな小さい孤島に、ライオンの群れがあるのだろうか?他のライオンと遭遇しないことを祈る。
故郷に帰ろうと乗った船から、私は海に落ちてしまった。落ちていたデッキブラシに躓き、後ろから走ってきた人とぶつかり、掴まった手すりが折れて、海にドボン。
気が付いたら、島に流れ着いていた。そして、視界一杯のライオンの顔。飛び起きて、後ろに後退る私に、ライオンはゆっくり近づいてきた。
一目散に、逃げた。泣きながら。エンドレスの最悪の不運を呪いながら。
ライオンはついてこなかった。
木が生い茂る場所に逃げ込み、一番高い木に必死に登った。頂上で、砂浜を見渡す。ライオンは、砂浜でコロコロと転がっていた。
ライオンが海に入っていく。しばらくして、何かを大量に咥えて戻ってきた。海藻らしき黒い塊。それを、美味しそうにシャクシャクと食べている。
お腹の音が鳴る。美味しそうに食べるなぁ。喉も乾いた。
ずっと木の上にしがみついているわけには、いかない。私も食べて飲まなくては。海藻を食べ終わったライオンは、砂浜にドシンと寝そべった。完全に寝る体勢だ。
今の隙に。
木から滑り落ちるように下り、樹木が生い茂る場所に分け入っていく。
大きな岩に背を預け、ぐったりと座り込んだ。小さな小川があったおかげで、水は確保できたものの、食べられそうなものは一切見つからず。人とも会えず。ここは無人島らしい。
疲弊しきった四肢は、もう動かせない。夕暮れの空が美しい。このまま、ここで眠ってしまおうかと思った時、すぐ近くで獣の荒い呼吸音が聞こえた。
恐る恐る横を向くと、黄金色のたてがみを誇らしげに揺らす、あの猛獣が視界に入った。木の枝を咥えながら、こちらに駆け寄ってくる。最後の抵抗として、目を閉じた。
終わりだ。腹ペコな状態で食べられるなんて。こんな終わり方だなんて。きっと、食べ物だらけの走馬灯になるだろう。もはや神も仏も遅すぎる。
至近距離で感じる、ライオンの体温。鼻息が首筋に当たる。
腕に、ザラザラとした舌で舐められる感覚。
腹の奥に力を入れて、覚悟した。
結局、いつまで経っても覚悟した痛みはやってこなかった。
ゆっくり目を開けば、私の伸ばした足に顎を乗せて、寝息を立てているライオンがいた。温かい。遠くから穏やかな波の音が聞こえる。風が少し冷たいが、ライオンのおかげか、あまり寒く感じない。
でも、ちょっと頭が重すぎる。片手でライオンの額を撫でた。ライオンがゆるゆると目を開ける。顔を上げ、私の頬をグイっと舐め上げた。全身に緊張が走る。
しかし、ライオンは頭を私の胸に擦りつけた後、離れていった。落ちていた木の枝を咥え直し、私の足に枝を落とす。枝の先には、サクランボのような小さい果実がたくさん生っていた。
ライオンは私から3mほど離れた先で立ち止まり、振り返ってくる。
「ついて来いって?」
私は枝を持って立ち上がり、冴えた満月と星を見上げた。どうりで、夜にしては明るいのか。
静かな砂浜で、ライオンと寄り添って眠る。
星空の中に獅子座を見つけた。
運が悪いのか良いのか。
柔らかいライオンのたてがみを撫でながら、ふふっと笑う。
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