【創作小説】風見鶏【vol.1】
SNSにはまりゆく女性の内心をつづった創作小説です。
庭のある家
庭には緑の芝生があり、塀はレンガ風のタイル、塀に適当な間隔で空けた窓には漆黒の格子。
塀に沿うように作ったお手製の花壇がちょっと重々しい塀を程よく明るい印象にしてくれている。
「子どもが生まれたらブランコを置こうな」
これは夫の言葉だった。もう3年も前のこと。
「気が早いわね、授かりものなんだから慌てないの」
これは私のセリフだった。そして、本当にその通りだった。
結婚から3年、私たちの間に子は授からなかった。
それは別にかまわない。「授かりものなんだから」確かにその通りだし、出来ない夫婦なんて珍しいものではない。
しかし、出来ない理由が明確な場合はどうなんだろう。
私たちの間に夫婦生活自体がないのに、出来るわけがないではないか。
そう、この2年6カ月、私たちはセックスが一度もなかったのだ。
1人きりの庭園
いい身分だとは思っている。
何不自由ない生活をして、好きなガーデニングに没頭する日々。
しかし、心は満たされているだろうか。
夫である孝弘と知り合い、結婚したのは3年前のこと。
特に情熱的というわけではなかったが、条件や適齢期などを理由にした結婚というわけでもなかった。
私は孝弘と同じスポーツクラブに通っており、そこで自然に親しくなった。
どちらかといえばイケメンのたぐいであった孝弘は、ジムの中では男女に関わらず人気があったし、異性としての魅力もあった。
トレーニング仲間として気を許していたせいか、ある日映画に誘われた時もデートとは一瞬考えもしなかったが、親しくなるのにそう時間はかからなかった。
その当時の孝弘は、ユーモアにあふれ、会話は楽しく、セックスも精力的だった。
ジムの人気者を手に入れた私は、少々自惚れつつ恋を楽しんでいた。
ところがどうだろう、念願叶って幸せの絶頂で結婚したけれど、徐々に孝弘は変わっていった。
比較的大きな会社に勤め、ジムで見せた魅力も関係があるのか、非常に稼ぎは良かった。
しかし、結婚生活が始まると、異性としての魅力は急速になくなった。
坂道を小石が転がるように彼のユーモアと性欲は失われていったのだ。
手に入れた女に対して興味を失ったのか、私には分からない仕事の苦労や悩みなどがあったのか、彼は口をつぐみ、いつしか夫婦の気持ちは離れていった。
私は孝弘から目を逸らし、自分の趣味に没頭していった。
私だけの庭園を造るのだ、花や木の手入れをして、美しく優雅な完成された空間を。
誰も見ることのない庭。
美しく花は開くのに、誰も見向きもしない庭。
それは私のようだった。
まだ美しい時期は去っていないのに。
自己顕示欲
美しく花が咲くたびに、新しい芽が吹くたびに、誰かに見せたい、評価してもらいたいという思いが募っていった。
私はあまりにも孤独だった。
仕事をしていれば何らかの成果として上司から褒められもするだろう。
取引先から「また君に頼むよ」と肩を叩かれることもあるだろう。
しかし、私には何もない。
結婚する際に、孝弘が求めたのは専業主婦になることだった。
それまでの私とは全く異なること。しかし、私は受け入れた。
過去の恋愛の失敗から、チャンスは二度と逃してはいけないと思っていたためだ。
それまでのキャリアや才能を捨ててでも好きな人を選ぼう、そう思ったのだ。
独身時代の私は、いわゆるキャリア組だ。
しかもそれだけでなく、男性からも人気が高かった。
思えば、幼い頃からずっとそうだった。
要領が良かったし、そこそこの見た目だったことから、勉強もできる、美人で愛想もいい女子として一目置かれる存在だった。
そんな境遇から一転、誰の目にも止まらない路傍の雑草のようになったのだ。
誰かから注目されたい、誰かに褒めてもらいたい、そんな気持ちが高じて、私はふとSNSを始めたのだった。
その時は、まさかあんな出会いが待っているとは思わなかったのだ。
【創作小説】風見鶏【vol.2】へ続く