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6.境の国村の噂【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!】



 時生がギョッとして横を見ると、人垣の向こうからワッフル屋の主人がカウンターに頬杖をつき、こちらに話しかけている。
 
「俺の店はもうずっと長ぇ事、境の国村からメープルシロップを売ってもらってるし、あの村は昔から商売人の村だからよ、日本中で色んな商売の取り引きをしてる。カソーツーカとかそんなモンと違って、本物の質のいい品物を売り買いしてるんだ。て言うことはだ、境の国村ってとこはホントにあるってこったろう? なのにあんたらお役人はなんで隠そうとすんだい?」
「隠すも何も実在しないからですよそんな物は。あるはずも無い村の商品という付加価値をつけたら売れると踏んだ、馬鹿な輩がいるんです」
「じゃあなにか? あんた、俺達は嘘つきから買った紛い物で商売してるって言うのか?」

 店主が身体を起こし声がぐっと低くなる。

「その通りです。彼らは嘘つきです。彼らが売っているものも彼らが流す情報も、すべてフェイクなんですよ」

 嘘つき。フェイク。あるはずも無い村。
 イヤホンのマイクはそれらを拾っただろうか?
 上から降ってくる大河内の刺すような言葉に、時生は思わず右耳を塞いだ。
 自分も「都市伝説のボッチ村」と揶揄ったのに、眠り姫には聞かせたくないと思うのはエゴかもしれないけど――

『あーもうっっっ!!! フェイクだなんだって、どーでもいいでしょっ! ウチの村は――境の国村は、あるったらあるのっ!』

 聞き覚えしかない大声量。
 時生は再びギョッとして、一瞬イヤホンを外しかけたが、――違う。あんなの耳の中に食らったら、今頃死んでる。

「誰だ、あれを流してるのは!? 入り口の班員は直ちにモニターのコンセントを抜け!」

 あれだけ鉄仮面だった大河内の顔が青ざめ手が緩む。
 時生は腹の底から力を入れ、ぐるりと真後ろにある構内の大型モニターを振り返った。と、そこには――眠り姫その人ではなく、画面一杯に押しつけられた緑の革表紙の本。そして金色に浮かび上がる『Sleeping Beauty Apocalypse』の文字。

『いっつもいっつも私達がアップする動画に細工して、フェイクニュースだなんだっていちゃもん付けて! でももうそんな事言わせない。これ! これが今日南極で見つかった『眠り姫の黙示録』の片割れ。ウチの村に伝わってるヤツ! この画像を照合したら本物だってわかるでしょ! だから王子、早くウチの村に来て眠りの呪いを解いてよ。じゃないと――』

 呆然とモニターを見つめる人々の口から
 
「え? これ本物?」
「どうせこれもフェイクニュースでしょ」
「この動画初めて見るな」

 次々と言葉が飛び出す中、眠り姫の最後の一言が構内に響き渡る。

『あと一年でウチの村が消滅しちゃうでしょ!!』

 ブツッ! という音と共に、辺りは一瞬の静寂に包まれ、やがて広がっていく人々の囁きは明らかに動揺していた。

「ボッチ村が消えちゃうってどういうこと?」
「一つの村が呪いで消えるなんてある?」
「バ、バカだな。都市伝説の村の話だろ」

 だがその不安の喧騒を越え、弾ける様な笑い声をあげた時生はニヤリと笑い、イヤホンのマイクから手をどけ満足気に言い放った。

「――見つけましたよ、眠り姫」

 その瞬間、今度こそ眠り姫の声が脳内で耳の中で炸裂する。

『ホント、オージ!!!?? 見つけたってボッチメトロを!?』
「ふぎゃっ!? ……ほ、ホントです。だ、だから落ち着いて、もう少し声を小さく……」
『あ、ごめんなさい』

 あまりに素直な声で謝られて、時生の心臓は軽く跳ね上がり頬がゆるむ。――可愛い。
 が、すぐに引き締まった。大河内が時生の前に立ちはだかったからだ。
 
「そこを退いて下さい」
「君もしつこいな、無いものは見つけられない。さあ王子、行きましょう」

 だが、そう言ってタカフミを促し、時生の肩を再び掴もうとした大河内の手がびくっと怯んだ。今度はその時生の前に、音もなくタカフミが立ちはだかっていたからだ。それも穏やかな殺気をはらんだ護衛官のように。

「これ以上アウロラの民を軽視するのはやめていただけますか、大河内さん」
「し、しかし……」
「彼は王司。アウロラ公国の王を司りし女神アウロラの出現を予言する者。私の側近中の側近ですよ」

 周りのざわめきが次第に大きくなるにつれ、冷静だった大河内の焦りの色は濃くなってきている。
 時生は大きく息をすった。
 
 ――叩くなら、今だ。

「あるから見つけたんです。それを教えてくれたのは、あなただ」
「なにを馬鹿な……」

 大河内はぎょっとして後ずさった。いつの間にか今度は時生が目の前で自分の顔に指を突きつけている。
 そしてその指がゆっくりと動き示したものは――大型モニター。ではなく、その後ろ。
 白い壁だったところが、突如、地下鉄特有の温かい風で舞上げられたカーテンとなって、そのカーテンの裏から細い隙間の様な入り口が現れた。奥からは微かな地下鉄の音とメープルワッフルの様な匂いが漏れてきている。

「ボッチメトロの入り口はあそこですね」
 
 
 
 

 
 
 
 

 

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