2.ボッチオージと眠り姫【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!】
時生は慌てて、「毎度ありぃ、ハッピーイースター」と言う顎髭店主への挨拶もそこそこ、ワッフル屋の行列を掻き分け駅構内へ駆け出したーー。
と思ったがそこはチビの宿命、そう簡単にはこの人混みを抜けられない。
「す、すみません、通してくださいぃぃ……」
くしゃくしゃの黒髪、黒縁眼鏡の奥に潜む緑色と分からないほどのつぶらな瞳、ソバカスだらけの生っ白い肌に存在を主張出来ていない唇ーー。
時生は日本人の父とケルト人の母との間に生まれた、れっきとしたハーフだ。ハーフのはずだ、が、チビで気弱な日本中学生にしか見えない時生にはハーフ特権のオーラは存在せず、オージとは名ばかりの、れっきとしたモブでもある。
なのでモブ時生が再びバイオリンを人混みに引っ掛け、悲しいかな誰にも気づかれず真っ赤にもがく中、
『オージ、早く早く早く!!!』
通話相手の女子高生は知ってか知らずかとにかく急かす。そしてその後ろにいるらしい男女2人も『オージ急げよ!』『とにかく走って下さい!』と、とにかくうるさい。
「は、早くって言いますけど、メープルワッフル買ってこいって言ったのは、あなた方じゃ、ないですかっ」
『なによ、オージだって食べたいって言ったじゃない!』
「い、言ってません! 調査結果として、ボッチメトロを見つけてあなた方の村に行った人は皆、サカイノワッフルを買ってるって、言った、ん、ですぅぅぅ」
どうして都会人はこう他人に無関心なのか? 時生が行列の人混みから抜けようとするほど、締め付けが苦しくなる。
『じゃあ尚更ワッフルは買ったし、後はボッチメトロを見つけるだけでしょ。眠りの呪いのせいで皆んなウチの村の事は忘れちゃうけど、オージは忘れてないのよね? なんだっけ、完全記憶能力? のおかげで?』
こっちはこんなに大変な思いをしてるって言うのに、全く簡単に言ってくれる。
「映像記憶能力ですっ! 僕だってあなた方の村の事は覚えてません。ただ行くまでの道筋の映像を記憶してるだけで……」
『じゃあ楽勝じゃない』
「楽勝じゃないです! 僕の記憶は、10年前、の、ものなんだ、からっ、ぬ、抜けないぃぃぃ!」
『あーもうっ、頼りないなぁ! 抜けないって、オージ、人混みにハマってるの? 王子って名前のくせに、もしかして……チビなの?』
声は可愛いのに、とんでもない暴言。
「はぁぁ!? 何言ってるんですか、僕はチビじゃないですし、王子様の王子じゃなくて王を司るって書いて王司ですし、大体、王子とチビは関係ないでしょう! あなたこそ、そんなにデカい態度で本当に『眠り姫』なんですか?」
『はぁぁ!? いま、いまいま今、デカいって言った!? 傷付きやすい年頃の乙女に向かってなんてこと言うのよ! 私はデカくないし、華奢で、品が良くて、《ボッチ村の眠り姫》とはこの私、カ……痛ーいっ!! ちょと頭殴んないでよ、わかってるってば! こんなところで名乗んないって!』
どうやら後ろの人物に叱られたらしい。ザマアミロだ。
《ボッチ村の眠り姫》はコホンと咳払いをすると、
『ごめんなさい、オージ。怒鳴るなんて確かに横暴だったわね』
急にしおらしくなった、と、思ったが
『なにもオージにウチのボッチ村……じゃなかった、《境の国》を救ってくれなんて言ってない。救ってくれるのは、オージが仕えてるあのアウロラ公国のイケメン王子様』
時生の胸にグッサリと鉛の矢を突き刺さした。自分がモブなのは自覚しているが、そうハッキリ言われるとやはり傷つく。
『あのイケメン王子様と、南極で見つかった『眠り姫の黙示録』の片割れ。その二つがウチの村に入りさえすれば、村にあるもう半分の黙示録と一冊の本として完成して、眠りの呪いの全てが明かされて、王子様が村……じゃなくて国にかかった眠りの呪いを解いてくれて、はい、めでたしめでたし』
「そ、そんな簡単にいいますけど……」
『簡単よ。だってそうすれば呪いが解けるってウチの村の黙示録には書いてあるもの。今までは黙示録の半分が行方不明だったから出来なかっただけ。なによ、オージだって眠りの呪いを解きたい理由があるから、こうして協力してくれてるんでしょ?』
「そ、そうですけど……」
『オージがやる事といったら、《境の国》に入る為の唯一の手段、ボッチメトロを見つけて王子様を乗せる。それだけの事。オージは来なくていいから。ね、簡単でしょ? だから、早く見つけて』
結局のところ態度のデカさは変わらない。
「そ、そんなのわかってます! 僕だってあなた方の村……ボッチ村になんか行きたくないですし。大昔に眠りの呪いに封じられて外界と遮断されたなんていう、存在するかどうかも怪しい都市伝説村」
『はぁぁぁ!? 都市伝説じゃないし、ウチの村はちゃんとあるし、私達も、ちゃんと、いる! そ・れ・か・ら、ボッチ村とか言わないで! ウチの村は日本国から独立して公国を目指してる《境の国》なんですからね!』
「いやいやいや、都市伝説村が国として日本国から独立って、どんだけですか? 大体あなただって、ボッチ村って言ったじゃないですか!」
『……言ってないし』
「言いました」
『言ってない!』
「言いました!」
『何よ、この、この、この……チビ!!』
「なっっっ!? あなた僕を知らないでしょ!? だから、僕はチビじゃありませんっ……うわっ!?」
突如、もがき過ぎたのか、両肩がバイオリンケースからスルリと外れ、ビタン! 時生は勢いよく床に叩きつけられた。弾みで愛用の黒縁メガネとバイオリンケースもそばに転がる。
ああ、もう、これだからーー
「これだからチビは嫌なんだ!!」
そう叫んだ刹那。
頭の奥でドンッと何かが弾け、急に何も見えなくなった。