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11.荊の呪い【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!】



 顎髭男の顎がクイと指した方向には、ホームに散らばった椅子の中で、村人であろう老人が一人ポツンとコンサーティーナ(六角形アコーディオン)を持ったまま椅子に座って取り残されていた。その老人の眉間を、短髪ピアス男が弓矢で狙いを定めている。
 その距離わずか30㎝。
 言う事を聞かせるには十分過ぎる状況と言えるだろう。それなのに、だ。ポワポワ白髪を残した赤鼻の可愛らしい老人は怖がるでもなく

「何度もすまないねぇ。まあ一つ助けておくれよ」

 と大してすまなそうでもない口振りでそう言い、眠り姫も

「もー、ご隠居また逃げ遅れたの? 皆んなちゃんと訓練通り、ご隠居連れて逃げてよ。敵3人+人質は流石に面倒なんだからね。まぁなんとかするけどさっ」

 と呆れ顔で、ホームの片隅に「すまねぇ」「面目ない」「ゴメンナサーイ」と言いながら隠れている人々に愚痴っている。
 次第にロシア人達の表情が険しくなってきた。
 
 ――なにかおかしい。

 時生はここにきて、感じ始めていた違和感を無視できなくなっていた。それはロシア人達も同じようだ。
 確かにここは都市伝説的異空間の村ではあるが、住人は一般人、要するに普通の人間のはずだ。それなのに、武器を持った敵にこうも冷静に対処できるものなのか? 目の前に矢を突きつけられて……

「え? そう言えばなんで弓矢?」

 顎髭男は車内では銃を持っていた。
 それなのに床に転がった彼らの楽器ケースを見る限り、わざわざそこまでして弓矢をここまで持ってきたには理由があるはずだ。
 思わず時生の疑問が口を突いた時、

「じゃあ敵4人+人質2人ならどうだ!」

 それはホームの床に倒れていたイタリア兵だった。人質の宮内庁職員と共に起き上がり、左腕で職員の喉を締め上げナイフを当てがい、右手で銃を振り回している。まずい。

 ――目の焦点があってない。

 どうやら森になった電車や子供になった工作員といった、異常現象に精神が耐えられなくなったらしい。こうなると、いつ発泡してもおかしくない。と、

「大丈夫だから」

 ふいっと眠り姫の後ろ手が、背中から覗き見ていた時生を再び背中に押し戻した。思わず見上げると、そこには琥珀色の瞳が煌めいていた。そして

「必ず守るから」
 
 の声。
 瞬間、時生の脳内図書館の奥にある、巨大な象牙色のインペリアルイースターエッグがピキリと音を立て、一筋の光が漏れ出した。アウロラ公国の紋章同様、銀細工のペンギンに護られたそのからくり卵は今まで一度も開いた事がない。
 その光は、一瞬の記憶だった。
 あの日、琥珀色の瞳に「必ず守る」と言われた記憶。

「ダメだ!!」

 床を蹴った足が体を突き動かす。
 金色のシナプスが身体中を駆け巡る。

「今度は僕が君を守る!!」

 短い両手両脚を広げ、銃と彼女の前に小さな身を投げ出す。
 そして、振り返りざま彼女を見上げて叫んだ。

「早くしゃがんで!」
「へ?」
「あなたデカ過ぎるんですよ! 立ったままじゃ弾防げないから、しゃがんで下さい!」
「……」

 だがしかし、何が気に障ったのか? 眠り姫は突っ立ったままのブチギレ顔。ガシッと時生の顔を両手で掴むと、黙ってグリンと正面に戻した。
 その時生の目に飛び込んできたのは、

「ひぃっ!? なんだこれ! なんなんだよっ!?」

 と叫びながら宙吊りにされているイタリア兵。
 そして、彼を宙吊りにしている巨大にうねった荊の蔓だった。トンネルの暗闇から青々とした蔓が勢いよく伸びてきているのだ。
 あまりに衝撃的な光景に、時生が口をあんぐり開けて言葉を失っていると、突然天の声が降ってきた。

「やれやれ、不勉強な輩もいたもんだねぇ、情けない。眠れる国は荊の蔓に守られてるって、絵本で読んだ事ないのかい」
 
 大階段を仰ぎ見ると、階上、大時計の下、拡声器で声を張ってる老女がいた。銀髪を結いあげ、縞の着物の上には紺の羽織り、そして白襷と何とも勇ましい。その横には、大理石の階段手摺りにちょこんと座ったペンギン猫の姿。そして
 
「くるな、こっちにくるなっ!」
「やめろ、蔓を攻撃するな! 捕まるぞ!」

 ロシア人達の攻撃の目が逸れた隙に、眠り姫は時生をお姫様抱っこして柱の影に飛び込み、老人はホッホッホッと弾むように仲間達の元へ逃げる。その時生のすぐ横を、「Aiuto助けて! 」と叫ぶイタリア兵と銃が蔓に巻き取られたまま通り過ぎ、そのままトンネルの暗闇へと引き込まれていった。
 もう、これは、パニックしかない! のだが

「お、お、お姫様抱っこ――は、とりあえず、今、置いといて、ア……アレ、なんですかあれ!? よ、妖怪? 魔物? あの人食べられちゃうんですか!? てか、何で皆んな驚かないんですっ!? て、なになになに――今度はなに!?」

 時生が1人パニックを繰り広げている中、隣の柱に隠れていた女子高生からバイオリンケースを投げて貰い、眠り姫が取り出したものを見て時生は更にパニクった。
 それはシンプルな弓と矢。
 眠り姫と隣の2人は紺ブレザーを脱ぐとそれを流れるような動きで身に付け始め、気づけばそこには――そこには、3人の高校生射手が立っていた。 
 3人とも揃いの白シャツに白ストライプの緑ネクタイを締め、背には13本の白羽の矢が2列に並んだ革の矢挿し、手にはピンと蔓の張った美しい飴色の半弓。女子2人は髪をきゅっと一つに結び、緑のチェックスカートから伸びたスラリと長い脚に黒のハイソックス、茶色のローファー。男子は紺の長ズボンにやはり茶色のローファー。およそ戦いやすいとは言い難い格好なのに、

「……カッコいい」

 思わず時生の口から出た言葉を

「わかってんじゃん、オージ。当たり前だろ、俺達境師だぞ」

 そう言って調子良く受け取ったのは、さっき眠り姫を「姉ちゃん」と呼んだ跳ねる短髪男子。それを

「嘘つかない! 私達はまだサカイです。初めましてオージ、私は千利涼華せんりすずか。それから……コレは酒井屋颯太さかいやそうた。以後お見知り置きを」

 すかさず諫めて、ご丁寧な挨拶をしてくれたのは黒髪和風美人。「コレとか失礼だろ!」と突っかかる颯太をツンと躱している。そして――

「境師は私、酒井屋楓さかいやかえで

 そう言って眠り姫――改め、楓はニカッと笑うと弓に矢を番え、「行くよ」と身を屈めた。
 その笑顔と凛とした動きのギャップに見惚れ、ポーッとのぼせていた時生だが、慌てて

「な、何言ってるんですか!? 相手はプロの兵士なんですよ? 高校生なんて殺されちゃいます!」

 と止めにかかる。が、楓は一瞬キョトンとした顔をするとすぐに破顔して

「そっか、オージも不勉強だなぁ。ボッチ村……じゃなくて眠れる境の国は『荊の呪い』で守られてるの」
「……だ、だから?」
「だーかーら、村に仇なす物、つまり銃とか剣とか槍とか手裏剣とか……まーそういった武器は持ち込めない。それを持ち込んだ者とその武器は、必ずあの荊がこの村から排除するからね。あ、ちなみに食べられてないから大丈夫! 記憶失くして傷だらけで森に放り出されるだけらしいよ」
「それはそれで怖いですけど……。え? だ、だから?」
「え? ああ、だから、この村で手に出来る武器は弓矢だけって事。何で弓矢は良いのかって? だってうちの村、弓矢が無いとすーぐ色んな呪いに乗っ取られちゃうもんねー。で、OK?」
「ナルホドOK……て、なるわけ無いでしょ!? 結局敵も弓矢持ってるじゃないですか!」

 すると楓は再びキョトンとすると

「何言ってるのオージ。この世でサカイと境師に勝てる弓遣いなんているわけ無いでしょ。まあ見てて。人間相手じゃ境師の技は見せてあげられないけどね」

 そう言って笑って柱の影から飛び出した。

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