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マッツ・ミケルセンは存在した
3次元の推し、という人がいる。私は映画が好きで、時間と元気さえあれば1日2.3本観るのだけれど、好きな俳優さんがいる。
初めて好きになった人は、アラン・リックマンだった。スネイプ先生の俳優さんである。大好きだった。出ている映画をたくさん観た。あの特徴的な声が聴きたくて必ず字幕版で観た。でも彼は亡くなった。私よりずっと年上の人だったから。
もう恋なんてしないなんて、言わないよ絶対
そんなことは思わなかった。もう恋なんてしない! と思っていた。初めて好きになった3次元の推しが亡くなった時、もの凄い喪失感に襲われて、3次元に推しを作るのが怖くなったのだ。
2次元の推しはだいたい死んでしまうヲタクなのに、初めての感情だった。
それからずっと経って出会ったのがマッツ・ミケルセンだった。ドラマ『ハンニバル』でハンニバル・レクター役をしている彼を見たのが初めて。アランを思い出す、同じ気持ちだったから。アランが亡くなった時を思い出す、また年上の人だったから。
それでも、あぁ好きだなぁ、と思ってしまう。それくらいマッツは魅力的な人だった。
マッツはコミコンというイベントで半年に1度は来日する
半年に1度会えるとマジで親の顔より見ている
そういうことは、彼について調べるとすぐに出てきた。でも行こうとは思わなかった。
だってお金がかかるでしょう
だって推しに会ったことなんてないし
どうすればいいか分からないし
そんな理由をつけて何年も、色んな人がマッツと撮った写真を眺めては諦めてきた。実際健康上の理由もあったし、大きなコンサートやイベントに参加したこともない地方民にとって『東京コミコン』『大阪コミコン』は行き帰りだけですごい旅行なのだ。
でも友達と会った時に気付けば自分から話していた。
「生きているうちで1番若いのは今なんだよね」
「人間誰しも死んでしまうし」
「チケットは年々値上がりしてるらしいし」
そして友達はこう返した。
「じゃあ次来日するとき行きな」
その時は笑ってそうだね、とか言ったと思う。後になって背中を押してくれるとも知らずに。
そして東京コミコン(12/6~8)の情報が世に回り始めた。マッツは来日することが早々に発表されている。
その時の私は、だいぶどん底にいた。
自分の病気・それに対しての治療が上手く行っていないこと、夫との仲が急激に悪くなっていく感覚、娘が学校に行けなくなったことのケア……
やらなきゃいけないことに振り回される毎日で体調は悪いのに、その日々から逃げられない。毎年11月末頃に行く家族旅行も夫の都合でなくなった。押し潰されそうな体と心を救うものはなにもなかった。
ただ今年だと思っていた車検が来年だったことで、まあまあの金額が手元にあった。
マッツ・ミケルセンがコミコンに来る!
それを知ってややヤケクソ気味に、行こうかな、と思った。友達の言葉も思い出した。私が受けた理不尽も傷も病もなにもかもが重すぎて、1回くらいは純粋に、自分のためにお金を使ってあげようと思った。
決めた、推しに会いに行く。
そこからは早かった。自分の時間がほぼない日々の隙間でツイッターをチェックして、コミュニティに入って、10/29のマッツの撮影チケットスタート前にコミコンの入場券を家族3人分買ってしまうくらいには前のめり。
撮影チケットを無事購入し、QRコードの画面をスクショしながら、大きく息をついた。
私は遠い国の、言葉も違う好きな人に、12/8会いに行く。
秋に2度自殺未遂をした私が、12/8までは生きようと決めた。
ツイッターのコミコン先輩たちからたくさんのことを学ぶ。こうした方がいいよ、これは持っていって! ありがたく実行しました。
撮影チケットを取った私は1時間後には美容院とまつエクの予約を取っていた。肌を良くしたくて洗顔を変えた。私と違ってオシャレに詳しい妹に「大好きな人に会いに行くから服を一緒に決めてほしい」と頼んだ。
今年の私をほぼ全て知っている妹の行動は早く、私も素直にその教えに従った。結果、靴からコートからアクセサリーまで全てを妹から借りて、普通レベルの化粧ができる私が出来上がった。
時間は目まぐるしく過ぎていく。途中ずっと希死念慮 は隣にいたけれど、私はまだ死なない、とキッパリ言えた。
初めてのサロンでまつエクをつけてもらい、長年通っている信頼できる美容師さんに「世界で1番好きな人に会いに行くので、ここから1番かわいい私にしてください!」と大真面目に言った。こんなセリフを言う日が来るなんて思ってもみなかった。本当にかわいくしてくれた美容師さんには頭が上がらない(上げないと髪の毛は切れない)。
前日譚で2000字を使ってしまったが、本番はここから。
夫との仲もそこそこ落ち着き、彼も彼なりに、娘も娘なりにコミコンを楽しみにしてくれているようだった。各々新しい服を買っていた。幕張メッセが東京都ではなく千葉県であることも知った。
そして迎えた当日!
午前2時に起きて、3時には車で出発。家族旅行と銘打った長い旅が始まる。日の出までが長くて時間の感覚がない。東京都に入った辺りから情緒不安定がすごかった。
夫「首都高怖い! 今なんて書いてあった!?」
私「マッツに近くなってることしか分からない」
娘「東京タワーってどこ!」
途中レインボーブリッジを走りながらテレビ局の球体を見て、ディズニーランドの渋滞に恐怖を抱き、幕張メッセの看板が出始めた所から逆に冷静になる。幕張メッセの駐車場開場待ちの車線ができる、覚えた。
いざ幕張メッセ。
広い、本当に中にコンビニがある、なんかの大会ぽい女の子たちとその親と同志たちでトイレの列が長い。トイレ待機列で娘の髪を仕上げられた。次にチケット発券窓口。ちゃんとQRコードを用意して向かったが、それをどうやってどうするのかは知らないので窓口の方に優しく教えてもらった。開始すぐに撮影だった私たちはセレブ待機列に入る。これは先輩方に聞いておいて良かった。こんなの絶対初見で分からない。列に並ぶ時にちゃんと「この列で合ってますか?」と確認しておいたのも安心材料になった。
とはいえ私たちは手にしているチケットたちを、どれをどこでいつ出すのかを知らない。周りに対して「初めてだから許して!」の気持ちでぎこちなく入場を済ませた。
そして撮影待機列を歩いていると、なんかスーツの人がチェーンを開けて「こちらへどうぞ」と言われた。ネクストコナンズヒント『子ども優先』。私は度々目にしてきた「マッツは子ども優先」の意味がなんにも分からないままそこにいた。
どうぞって言われたから従い、なんかマッツのでっかい写真の下に来た。目の前には黒いカーテンのついた黒い箱と、その手前に袋を持った私服スタッフさん。その黒い箱がなんなのかを、新規の我々は存じていない。ただ私たちの後ろも子連れさんだな〜と思っていた。さっきいた列の人たちはチェーンに沿って歩いてるな〜……ん?? もしかしてコレ……
「ここって、1番前だったりする?」
私と夫が目を合わせて小声で話す。分かんない。2人とも分かってない。目の前のスタッフさんは娘のドレスを可愛いねと褒めている。なんにも分かんない。
するとそこに『VIP』という札を下げた英語のおじさんがマグカップ持って歩いてきて、同じく『VIP』のスタッフさんと英語で喋っている。いやいやいやいやこんな所でマグカップ持って歩いてる英語の人が普通のスタッフなわけあるかい! と思いながらやり取りを見ていて(聞き取れてない)、カーテンの辺りがざわざわし始め、チケットをちぎられ箱の中にイン……………………
狭い箱だった。きっとこの人ちょっと偉い人だ、って感じの大人が集まっている。ここまで来てくださいのラインまで歩く、止まる。スーツのスタッフさんが家族の撮影位置を提案してくれて必死に覚えた。「マッツさんここに来ますので、」を聞いてもまだ「マッツさんホントに来るのか?」と頭の隅で思っていた。
「まずマッツさんが試し撮りをして、その後に撮影が始まります。呼ばれたらさっきの位置について、レディ・パシャ! です」
「はい!」
「マッツさん入りまーす!」
マッツ・ミケルセンは存在した
マッツ・ミケルセンは箱の奥から入ってきて、子供の目線までしゃがんで「Hello!」と笑った。その後大人たちに「Hello!」と言って、一瞬確かに目が合った。
マッツの試し撮りが始まる。撮られるマッツはテレビで見るマッツの顔になった。撮影スタッフと写真の確認をするマッツ、なかなか来ないデータにスタッフと話して笑うマッツ、顔大きいな…身長高い…全部大きいしなんか光ってる…目が離せない。
データに「OK!」と言って、マッツが撮影位置に立つ。スタッフさんにどうぞと言われてマッツに近付く。マッツが少ししゃがんで娘の両肩に手を置き、どれくらい近付いたらいいのか分からない夫婦がその両側ににょろっと立った。いい匂いが鼻を掠める。「レディ!」
パシャ! の音が聞こえたら人生初の『はがし』にはがされて、出口に向かって無言で歩いた。歩きながら、何故か私はすごく笑っていて、あの時の感情を言葉にできない。ただあとで他の人たちを見ると、箱から出てきた人たちは皆、それが何人であっても、とても嬉しいという顔をしていた。あの箱の中で人はこんなに幸せになれるのだと知った。
この日マッツの存在を確認したのは4回。
朝の家族写真、直後のヒューとのステージ、午後の私とマッツの2人撮影、最後は娘が掴んだ幸運だった。
ヒュー・ダンシーとのステージでは、よく知っている声の2人がドラマにはない言葉を喋っているのを聞いて「あ、本当に生きてるんだ」と思った。繰り返し聞いていたあの2人の英語だけは、他よりよく聞き取れた。
午後の撮影は待機列の中で私は「大勢の1人で来ている女性のひとり」になり、またあの箱に入り、例の「ポーズ指定しなかった場合のポーズ」になった。マッツの手が私の左手首を優しく引いてくれた、その強さを私はまだ強烈に覚えている。またも笑顔爛漫で箱から出て、写真を受け取ったら肩も抱かれていて「???」となった。全神経が左手首に集中していたのだろう。
最後の幸運はプレミアムくじ。娘はラッキーガールなので、私はお金を出す係に徹しようさぁ15000円でベネディクト・カンバーバッチに会っちゃおうぜ! とベネさんには悪いが最後の思い出にと引いた(ベネディクト・カンバーバッチさんにはSHERLOCKで出会い、彼もまた大好きな俳優さんです)。
ラッキーガールは2回で当たりを引き大人をビビらせた。ラッキーガールはまだベネさんを知らないので「この人も子どもに優しい良い人だよ」と話しておいた。
12/8 17時、ラストイベントの『サイン会が終わったあとのベネさんの前を通ってバイバイする』になった。
とその待機列の中、隣のブースでマッツのサイン会が始まり、私は4回目のマッツと初めてのベネさんのどっちを見ればいいか分からなくなり左右をひたすらキョロキョロする人になった。この時ほど草食動物の視界がほしかったことはない。
ベネさんのサイン会が終わり、私と娘の待機列が動く。ベネさんの前を通りながら、皆もベネさんも「バイバーイ!」と言って通り過ぎ……
娘がベネさんの視界に入った瞬間だった。
かっこいいベネさんの表情がぱぁっとしてお茶目ベネさんに変わった。ベネさんは娘をガン見して「バイバイ!」ではなく、両手を顔の横でうにゃうにゃさせながら「バァイバァイ(超高音)」と何度も言って列を止まらせた。そしてスタッフさんに促されて列がまた動き、私の顔を見て🙏してから次の人とバイバイしていた。
こうして娘はベネさんが好きになった。
と、ベネさんのプレミアムくじ対応が終わり退席する時に、ベネさんは出口前でまだ見ているファンに向けて大きく手を振って、黄色い声が上がった。私もそのひとり。
と、それを見たサイン中のマッツが立ち上がってまだ大勢いるサイン待機列のファンたちにキャー!! と大きい声をあげさせた。私もそのひとり。
満足気なマッツにベネさんはイーッと悔しがりながら退場……最後の最後に凄いものを見てしまった、とその光景をメモにしたためて、私のコミコンは終わった。
撮影以外もとっても楽しかった!
フードエリアで食べるご飯は美味しかったし、デロリアンはデロリアンだったし、企業ブースでいちいちテンションが上がったし、アーティストアレイでは娘が1人のアーティストさんの前から30分くらい動かずイラストが出来上がるのを見せてもらった。
日本語が分からないアーティストさんと英語が分からない私がお互いカタコトの言葉とボディランゲージでお買い物ができたのも楽しかった。
本当に本当に、楽しい1日だった。
この12/8が終わったら死んでもいいからそこまでは生きようと思っていた。
でも終わってみたら、これからも生きていこう、になった。
長い帰路の途中、高速道路。頭の中に曲が流れる。
生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった そんな夜はどこだ
そんな夜はあったよ。
車内で自然に口から出ていた。
「生きててよかった……」
生きててよかった。生きててよかった。
マッツ・ミケルセンは存在した。
ヒュー・ダンシーも、ベネディクト・カンバーバッチも、私が好きな映画の世界が存在した。
運転してくれた夫にも、色んなことを教えてくれた先輩方にも感謝しています。
生きててよかった。