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ようやく登れた残雪の「笠ヶ岳」
雪の笠ヶ岳にあこがれて
北アルプスの南部に位置する笠ヶ岳。
標高2,898mの山は、山頂までのコースタイムは夏で8時間以上と健脚者向けの山とされている。
積雪期は山小屋は1軒も営業しておらず、登山者は非常に少ない。すべての荷を背負って、生活圏から隔絶された山歩きとなる。
穂高連峰の登山者の賑わいとは対照的だ。
かつて、加藤文太郎は、厳冬期において槍ヶ岳の冬季小屋から笠ヶ岳までを日帰りでピストンしたと記録にある。その桁違いの体力にあやかり、部分的でもの足跡を辿ってみたかった。
しかしここ数年、天気の安定しないGWが続き先延ばしとなってきた今年3度目にして実行に移すことができた。
果たして笠ヶ岳の雄姿を堪能できたのか?
登山に向けての準備
山岳会で募集をかけたところ、雪山経験も体力も申し分ない2人のメンバーで安心。
笠ヶ岳の経験者が口をそろえて、「笠は遠いよ~」「笠はしんどかったよ~」という。いずれも夏季登山時の感想であった。
間違いなく体力勝負になるため、ボッカトレと装備の軽量化が肝になる。笠ヶ岳を甘く見ることの無いよう、笠ヶ岳に加えて槍ヶ岳への縦走も計画に織り込んでおいた。
メンバー
A屋(CL)、I藤、N本
行程
5月3日 8:43新穂高温泉~わさび平小屋~小池新道~14:43大ノマ乗越(テント伯)
5月4日 5:41大ノマ乗越~秩父岩~抜戸岳~笠ヶ岳~抜戸岳~秩父岩~14:49大ノマ乗越(テント伯)
5月5日 6:11大ノマ乗越~小池新道~わさび平小屋~9:44新穂高温泉
装備
テントはアライテントの3人用を使用。近年の遠征は、感染対策のためのソロテン利用してきたが、その時代は終わった。軽量化が最優先。
食料はフリーズドライを中心に各自で用意。
3日間でガス缶は250×2個。
残雪の秩父沢はデブリが多く雪の踏み抜きがつらいとの記録あり。迷った結果、ワカンは持って行かなかった。結果として不要だった。
雪崩の可能性がある場所の通過があったためビーコンは携行
荷物はトータルで15㎏以内に収まった。
終わってみて自分は行動食1日500g程度と多すぎたのが反省。あと1㎏は減らせたと思う。
ルート
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活動の記録
1日目
新穂高温泉から小池新道登山口までは夏道と同じルート。
秩父沢に足を踏み入れれば、そこはまるでデブリの海のようだった。
デブリーが散乱し、先を見通すことすら許されない起伏が襲いかかる。ルートファインディングは難儀で、不安定で危険なガレ場を横切らねばならなかった。
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稜線までのルートは、鏡平経由で弓折岳を目指すルートと、秩父沢を直登してコルを目指す最短ルートがある。
今回は雪崩の心配が少ないコンデションだったため後者を選択。
他の登山者は、双六岳を目指しており鏡平方面へ向かっていた。
標高差1400mを順調に稼いできたものの、我々はコルの到着時点で割と疲れていた。
この大ノマ乗越はかろうじて樹林帯に接するエリア、防風の観点からここでの幕営は事前に決めていたが、想像より傾斜が急で、しっかりと整地する。
トイレなどテント外の行動では滑落しないように気を遣う必要があった。
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ここを本日の宿泊地とする。
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穂高連峰の眺めは良い
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2日目
今日は笠ヶ岳までつづく稜線歩き。
青空に映える真っ白な北アルプスの雪の稜線。この風景が見たくて、ここにやってきたんだ。
・・・という感動は前半までの話。
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後半はひたすら長い稜線を、強い日差しと、無風・灼熱に耐えつつ歩く。
「これは苦行かな?」などと考えがよぎるが、無言で足を前に出し続ける。
いつもよりも体が重いのは、昨日の疲労が蓄積しているためか、標高が高いためだろう。
テントまで戻れる体力が残っているか不安になりつつ先に進んでいく。
やっとのことで登頂した笠ヶ岳のピークは、貴重な一座だった。
この苦労が、経験を格別な達成感に変えてくれるのだろう。そう思いたい。
同じ日に登頂したのは我々含めて2~3パーティのみだった様子。
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折り返しが長かった。
歩いても歩いても、テントが見えてこない。そんな心境だった。
稜線には雪庇が多く、その雪庇に引っ張らる形で稜線上のルートに隠された割れ目が発生し、落とし穴になっている。「この辺に割れ目があるかも」と意識しつつも、結局、踏み抜いて腰まで落ちてしまうということが何度かあった。この落下で、アイゼンの前爪が反対の足にささり怪我をした。
雪が完全になくなって夏道が見えている区間はサクサク歩けて良かった。
途中でライチョウのお出迎えもあり、しばし一緒にハイキングを楽しんだ。
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双六岳方面も目的地に入れていたが、テントに戻ったころには「今回はここまででいいよね。」と短縮を提案。
メンバーからもあっさり了承頂いた。
3日目
翌朝には来た道を下山した。
雪面は凍って固く、尻セードができる状態ではなかった。
注意深く、一歩ずつ下降する。
太陽が登り日射しが照り付け始めると、また灼熱地獄が始まる。
その前の涼しいうちに距離を稼ぐべく下山を急いだ。
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雪稜を終え、ワサビ平付近まで降りると、雪の照り返しもなくなり、ずいぶん涼しくなった。春の風を感じつつ陽気に下山する。
ただ、出発前に不要と判断して車にデポしてきた寒冷地向けガス缶が、車内の熱で爆発しているのではないかと、気がかりだった。
「車が爆発していたらレンタカーを使おうか」などとメンバーはのんきな対策を協議していたが、「気温が上がる前にさっさと下山しよう」と一蹴する。
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なんだかんだと言いながら駐車場にもどると、車は問題なかった。
「ひがくの湯」で旅の汚れをおとす。
併設の食堂で山旅で失った栄養を取るべくビッグチキンカツを注文。
本当にビッグで全部食べ切れず、残す。情けなくて咽び泣く。
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笠ヶ岳山行を終えて
つ疲労の記憶は時間とともに薄らいでいくもので、達成感とその残雪の山々の情景だけが記憶上で濃縮されてゆく。
行き交う登山者も非常に少なく人里から隔絶された残雪の笠ヶ岳に登頂したことは、達成感として一生の記憶に残るだろう。
この山行を成し遂げられたのは、好天とこの山に向けて調整を続けてきたメンバーの存在によるものが大きい。
メンバーI藤:感想
5月のGW期間中は、爆弾低気圧にならないことを祈り、1週間前から天気予報をチェックしていたところ、GW全日とも、雨の予報でした。
毎年この時期このような発表は、いったい何の企みなんだろう・・・と疑ってしまいました。
数日前にようやく確信が持て、GWの終盤は雨天という予報でした。計画書の行程を何度か見ては、槍ヶ岳へ向かうのは、難しいけれども、数年前から計画していた念願の笠ヶ岳には、登れそうだなぁと期待を胸に抱いていました。
ところが、残雪期の笠ヶ岳のデータ記録は思うように少なく、存在感のないお山なのかな~と勝手に思ったりもしていました。
初日、新穂高温泉から見える弓折岳を目指し、大ノマ乗越を目指す谷筋を進んで行きます。スノーブリッジやデブリの後があるので注意します。
長~い雪渓から振り返っては、焼岳や乗鞍岳(通称:焼きのり・・笑)穂高連峰の稜線が少しずつ見えてきて、どうにかこうにか気力を奮い立たせながら、一歩一歩進みました。
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ようやく稜線に上がり込むと、胸がいっぱい込み上げて、涙であふれそうになりますが、あふれません・・ドライアイなので(笑)
乗越からは、ダイナミックな穂高連峰、尖った槍ヶ岳も見え、月明かりの夜には、槍・穂高連峰は微かな光を浴びて、それは本当、一生忘れられない光景です。
2日目のアタック開始です。遠く遥かな笠ヶ岳は、注目されないお山なのかなぁと思い続けながら、私は、最後尾で、体力温存で歩き通すというズルい戦略を取ります(笑)
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また、高所による、頭痛やだるさも感じながら、もうすぐ笠ヶ岳かと思いきや、抜戸岳だと勘違いをし、抜戸岳付近で、ド~ンと大きな笠ヶ岳が見え、ここからも長い沈黙で歩き続けます。
小屋までどうにかこうにかたどり着き、山頂にいることすら、なかなか実感が沸きません。北アルプスや白山など、雄大な山々の景色の撮影を終え、来た道を足早に戻りました。
3日目の最終日に下山するまで、油断禁物で、緊張の糸は解けないようにと戒めながら、山旅は無事に終わりました。
結果、深田久弥の著書によると、
笠ヶ岳は、遠い立山や近い穂高から見ても、どこから望んでも端正な笠の形をしていて、北アルプスに行った人で見落とした人はあるまい。しかし登る人が少ない原因として、便利のいい縦走路から外れていること、途中に小屋がなく一日の行程が長すぎることと(昭和7年頂上小屋が出来ている)、登路の悪いこと・・・・
などと書きとめてあり、なるほど正解だと、納得を得ました。
(I藤)