【声劇台本】暇乞い(約1600文字)【シチュエーションボイス】
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猫縞レイ
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以下本文
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「鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。 聲ある者は幸福也、叫ぶ者は幸福也、泣得るものは幸福也。」
(出典:齋藤緑雨 論評『緑雨警言』文庫版)
そのむかし
母の化粧箱に
赤い紅(べに)があったのです
くるりと描くと
魚が優しく
微笑んだのです
夜がきて
私はまだ起きないままで
折れた筆を 持とうと
手をのばすのですが
私の手はもうヒレの様になっていて
赤い紅が
私の手に取って変わっていたのです
ある日科学の授業で、魚の絵を水に浮かべる実験をした
赤く描いた魚が青い洗面器という空を泳いだ様に見えた
赤と青。真夏の空を揺れるビードロのように、美しい。
赤い魚が、青い空を飛ぶ
私の、手の届かないところで飛んでいる
そんな魚が、私は好きだったのだろう
言葉で「I LOVE YOU」と言えるほど軽くはない、愛。
言葉で「月が綺麗ですね」とも言えるほど軽くはない、恋。
私は魚を愛撫するように愛でた。
噛み癖のある深爪で、糸切り歯で、白く濁った眼で、犯した。
きれいな魚を私のものにするというのは気持ちがいい。
いつも手の届かないところにいるのに、このときだけは魚を独り占めしているのだから。
我ながら、なんて最低な奴なのだろう
朝が来て、私はまだ起きないままで
折れた飴色をした絵筆は、その残滓(ざんし)が夕焼けのように空に飛んでいき
光を絵の具に、やさしい魚を描いたのです
だから私は、魚を魚にした
絶対に手の届かない、赤いきれいな、魚
それは誰の手にも汚されず
白に生える彼岸花のように映える赤い魚
君のその赤い髪飾り。それは魚なんだ。君は私の魚なんだ。
「この飾りの魚は、とても楽しそうね。まるで絵を描いているときの貴方みたいだわ」と魚は言う
私は魚を想って魚を描いた。だけど魚は魚を、私だと言った。
私は私を描いていたのか。これは魚を思って描いたというのに。
寝不足なのか、雨のせいか、気分が悪い。
胸の奥底でもやが広がるような、タバコの煙と一緒に吐き出したいような感情。
私をこんな気持ちにさせる魚は、なんと最低な奴なのだろう
雨の日は、絵が乾燥しづらくて困る
キャンバスには赤い線が、歪に走った
魚は空を泳がない。海を泳ぎ、川を泳ぐ
魚が魚を自身で否定するなんて、とても悲しいことだと私は思う
まるで空へ入水自殺でもしているようだ
魚が自殺する絵。
「魚は自殺なんてしない、なんて思ってるでしょう?でも私が魚だったら、あなたの手の上で自殺するわ。魚は人間の体温で火傷してしまうの」
白い海で、赤い魚は泳ぐ。寂しかろうと、私のそばで泳ぐ。
魚の涙は、水に滲み、私を濡らす。
赤い魚の体は、日に日に白くなっていった。
魚は、もうそろそろ、行くのだろう
私にはそれが分かっているんだ。だから送りに来たんだ。
私の手のひらではなく、青い海へ
空でもキャンバスでもなく、魚が本来生きる場所へ
朝がきて、私は日の光に起こされて
でも私は起きなくて、折れた絵筆の行方は
もう分からなくて
この絵の題の意味は、『別れを告げる』って意味。人はなんて美しい言葉を考えたのだろう
なんて悲しい題名。人はなんて悲しい言葉を考えたのだろう
さつき(皐月)のにおひが
あたりにたちこめて
どろりとした そのにおひに
わたしは
けんけん こんこん
せきをして
あなたのてを にぎりながら
さつきのはなを とつたのです
あかゐ さかなのような かみかざり
わたしのてで しゅるりととき
さつきを おしつけたのです
ああ あのさつきはいまどこへいったのでせうね
耳をすませば
けんけん こんこん
という わたしのせきの聲はきこへるのに
おれんぢにそまつた
あなたの顏は思ゐだせなくて
だけれども
あかゐ かみかざりは おぼえているのです
空が落ちてくる
重たくのしかかる
嗚咽。
私のように筆を折る人がいて
ああなんと酷いと むせび泣く
涙で濡れた歩道まで行って
灰色の角を素足で蹴った。
仰ぐ空はあなたで、私は海。
幕