【声劇台本】哲学ゾンビ(約12000文字)【シチュエーションボイス】
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読みにくい文章、難しい引用があります
ですがきっちり話の最後までは書いてあるので
最後までお読みいただければ幸いです
以下本文
:::::::::::::::::::::
われわれの神々もわれわれの希望も、
もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
われわれの愛もまた
科学的であっていけないいわれがありましょうか
──ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』より
記号的な彼女達は2次元、窮屈な毎日を打破したい俺は3次元、住む世界が違うのだ。
何をしてもこの手は届かない、足掻こうとも俺の奥行きが邪魔をする。
彼女達は所詮、人間の夢が見せた幻想だ。
人間とは神の失敗作に過ぎないのか、
それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか。
――ニーチェ
その名言に更に一言付け足すのならば、
人間の作った生きる幻想は、一体何に値するのだろうか?
――本当にそうだろうか?
絶対に出来やしない。
その宣言は俺を駆り立てて止まない。
俺はただ、衝動に身を任せて、ただひたすらに望んだ世界を目指しただけだ。
そして気が付けば、誰もが望んだこの夢の、一番近くにたどり着いた。
ただそれだけだ。
変人?変態?黙れ、リア充ども。
クリスマスに独りロウソクを消す男の気持ちが分かるか?
チョコレートが母親にしか貰えない男の気持ちが分かるか?
百戦全敗を喫した男の気持ちが、お前らにどうしてわかる?
そして、親愛なる同族ども、お前らに朗報だ。
お前達の愛した妹は、お前達の愛した幼馴染は、画面の向こうから出てきたんだ。
液晶画面に張られたフィルム一枚、それが俺達と夢とを阻む壁だ。
なんと薄く、なんとつまらないものだろう?ブチ破るなんて、ひどく簡単だ。
だが、生憎、彼女達の世界に行く事は出来ない。
それならばと、俺は彼女達をこの世界へ、引きずり出した。
ある物理学者は言った、
「人が空想できるすべての出来事は起こりうる現実である」
おい、ウイリー=ガロン。お前の言うとおりだ。俺はなし得たぞ。
フィリップ・K・ディック、お前の問いの答え、俺が教えてやる。
アンドロイドは、電気羊の夢を見るんだ。
「コレで、最後だ」
全ての調整を終えて、起動コードを入力する。
手元の液晶画面のゴーサインを確認して、首筋の端子を引っこ抜いた。
起動カウントがゆっくりと迫る。
0のタイミングで、彼女はその淡い色の唇から英文を吐き出した。
テストを終えて起動許可を求める音声が、俺の耳を打つ。
緊張から生唾を音を立てて飲み込み、俺はその許可に応えた。
ついに、俺達の夢は、目を醒ました。
幼い少女を模した機械の体に、同じく機械で出来た頭脳。
擬似的思考ネットワークを人間に真似て作った、感情を持つアンドロイド。
ニューラルネットワーク制御によって生まれた口調は、少々男勝りだがそれでいい。
否、むしろそれがいい!
神よ、人類創世の偉業を果たした神よ。俺は貴様に勝った。
ニーチェよ、確かに神は死んだ。だが、神が死んだのはお前の時代じゃない。
神を殺したのは人間の俺だ。
稀代の天才児。
俺はそんな肩書き別に要らなかった。
なぜなら、それはいじめの標的にぴったりで、俺の性格がそれを助長した。
その頃は思い出したくないから端折ってしまうが、結果的に俺はヒキコモリとなった。
部屋にヒキコモリ、自然とオタクとなった俺は、初めて0と1で出来た彼女の存在を知った。
夢を与えられた俺は、もっと大きな夢を目指した。
「いつか、理想のギャルゲ的な性格を持った人間を、おれは作る!!」
聞こえは悪いが、つまりはそういうことだ。
だが、人間を洗脳したのでは犯罪だし、それには全く意味がない。
そこで俺が目を付けたのは、アンドロイドだ。
再現のため、俺は様々なアプローチを繰り返した。
その中途、様々な物を生み出し、やがて俺は賞賛されるようになった。
量子コンピュータの基礎理論、実用的擬似細胞、特殊シリコンによる電磁筋肉。
そして、擬似ニューロンを用いたコンピュータと
電気的思考ネットワークバックアップの実用化。
他にも沢山の発明と発見。
研究を続けるだけで、億万長者になっていた。
けれど、そんな事どうでもよかった。
俺は自分の夢を果たせれば、2次元の彼女をリアルに引きずり出せれば、それで良かった。
気が付くと俺は、リアルの女へ興味を欠片も失っていた。
「調子はどうだ?」
そう言うと彼女は元気良くぴょこぴょこと飛び跳ねてみせる。
その動きも、容姿と相まって可愛いな。
口調はもっと女性的になると思っていたが、コレはコレでいい。
今度、お気に入りの声優のボイスサンプル採ってこよう。そっちの方が似合う。
しかし、アレだ、裸はまずい。
テストを終えるまでは、それ所ではなかったが、流石の俺も精神的、社会的まずい。
目のやり場に困らせつつ、今日の為に準備しておいた衣服を取り出すと、彼女に広げて見せた。
「お前の服だ。今日から一緒に暮らすんだからな。」
ニューロンモデルや思考モデルの原型は俺自身のものだが、大幅に手を加えてある。
元が男であろうと、女であろうと関係がない。
自己を女性だと認識すれば、それでいいんだ。
性格は可能な限りこちらから手を加えて、理想に近づけたつもりだ。
理想の性格は、様々な人間の思考ネットワークを比較して元に作り出した。
だが、予想外な性格が頭角を現している。
この性格は、想定外だが、これはこれでアリだ。
よい娘に育つだろう。俺に惚れてくれるとは限らないが……
そもそも、脳の中身が全て解明されたわけじゃない。
大幅と言ったって、俺は脳の電気的なネットワークを丸ごとコピーして、
数%手を加えたに過ぎない。
少ししか弄ってない様に思えるのは、それくらいしか弄るところがなかっただけだ。
大部分は全生物共通の本能的なサブルーチンで、弄ったのはその一部と、
僅かな個性部分、そして記憶。
それ以外に弄る場所がなかった。
一応、アンドロイドが生きる上で不要な欲求は排除しておいた。
更に経験を積めば、自己的に欲求を身に付ける機能もある。
この子は成長するのだ。
デジタル的な動作は非生体分子コンピュータと量子コンピュータの副脳に任せてある。
全ての演算力を使えば、並のメインフレームに対抗できるだろう。
その意味では、自分で動き回る実に有用なユビキタスマシンとも言えるな。
しかしそんな話はどうでもいい
「ナイス女子高生!」
彼女は最後までメイド服を拒否して、結局もう一つ用意してあったセーラー服で身を包んだ。
もちろん、この制服も現実には存在しない、オーダーメイドだ。
袖を長めにとった萌え袖、胸の幅ほどもある大きなリボン、全体は淡いピンクと濃い赤で彩られた素敵仕様だ。
彼女の見た目は小学校高学年くらいだが、無理を言えば高校生に見えなくもない!
ソフ倫的にギリギリセーフだ! きっとそうだ! そう思い込もう。
ミニスカートは男の夢だ。
いいか? ミニスカートは、ギリギリ見えそうで見えないのが良いのであって、見えちゃダメだ。
そんな当たり前な定理を実現する為に作られた夢の機能が、ミニスカギリギリ歩行プログラムだ。
スカートの素材や長さを考慮し、飛び跳ねようとも走り回ろうとも、ギリギリ見えない範囲で動くように制限を掛けr
(咳払い)
ちなみに彼女には、ロボット三原則を実装していない。
それに、誰かの命令を絶対に訊くようなプログラムも施していない。
だから躊躇なく人間を殴るし、俺に反抗もする。
なぜかって? そりゃ、こいつには人権はなくても、生きてるからだ。
俺は彼女に感情を与えた。
人間には感情がある。だが、神様の命令を絶対守るように生まれてきたか?
神様の為に生きて死ねと、本能に刻まれているのか?
そんな創造主など糞喰らえ、死ねばいい。
彼女は自由に生きるべきだ。
誰の制限も掛けられず、誰の命令も聞かず、誰にも縛られずに生きるべきだ。
本来なら重大な法律違反だが、俺には金という名の力がある。
この子が何かをやらかさない限り、強引に目を瞑らせることくらい簡単に出来る。
俺にとってこの金は、この子を作るための副産物でしかなかった。
確執する理由もなく、発明と研究によって得た金は後先考えずに彼女へと投資した。
それが功を奏したのだろう、気が付くと人生を三度豪遊できるほど貯まっていた。
これからは使い道のない金だ。ありがたく使わせてもらおう。
この子の動力源には、小型常温核融合炉を使用している。
その地点で、バッテリーは一つで十分だったが、拡張機能導入までの空洞部分を埋めるのに使わせてもらった。
更に、もし彼女が拡張機能を限界まで使いたいならば、手立ては考えてある。
胸部。つまり、おっぱいにバッテリーを移行する方法だ。
既にシリコンバッテリーは実用レベルに至っているので、いざと言う時はコレを使わせてもらおう。
ただ、ロリ巨乳は邪道だよな。という理由で、限界サイズまで小さくしたFカップだ。
コレ以上大きくする案は全て却下。というか、Fカップすら使いたくない。
膨らみかけこそが至高。それが男のロマンだ。わかるだろ?
ちなみに、このことは彼女に伝えて居ない。
実装されるのは、彼女が全ての拡張機能領域を埋めたその時だ。
出来る限り、つるぺたが理想なんだよ悪いか?
まあ、予想される拡張機能は全て揃えてある。
常時性の低いパーツは必要なときだけ付ければ、胸の拡張バッテリーは使用する事はないだろう。
俺はこの子のためなら、何でも揃えてやる自信がある。
もし、神が居るのだとしたら、彼女が巨乳を羨み、自分の胸をぺたぺたする日が近い事を祈ろう。
出来れば、涙目がいい。もちろん、涙は実装済みだ。
容姿と言えば、彼女の容姿はツンデレを想定したものだった。
……彼女は気に入って居るようだし、そのままでいいだろう。
まず、ツンデレの起源について説明してやろう。
ツンデレとは5世紀頃、アジアの北部で、白人系遊牧民が圧倒的な戦力を持つモンゴル系騎馬民族と戦うために創始した兵法だ。
の極意は、硬軟取り混ぜた戦略を臨機応変に行うことにあった。
ある時は死に物狂いで戦ったかと思うと、次の日にはにこやかな顔で和睦を勧めてくるなど、現在で言う高等心理戦術であった
彼らの見事な戦いに感服したモンゴル人はその後、
モンゴル帝国を築いた時に、都会のすました感じのくせに仲が良くなると態度が軟化し、
人前で平気で腕を組んでくる女性のことを「都腕麗(つうでれい)」 と呼ぶようになった。
なお、彼らの住まう季節によって寒い氷原や温かい平原に変わる地が、ツンドラと呼ばれるのはこの名残である
すまない。もちろん嘘だ
「博士、ソイツは感情じゃない。哲学的ゾンビさ」
数少ない友人は断固と俺の考えを否定した。
彼は何度言っても、俺を博士と呼ぶのを止めない、それだけが不満である俺の親友だ。
彼の持つグラスには、茶色い液体が満たされていて、傾けると氷が軽い音を立てた。
「違うね、話せば判る。あの子は生きてる。間違いない」
哲学的ゾンビ、つまり、彼女は生きてる人間と同じ反応をしているだけで、感情を持ち合わせて居ないというのだ。
つまり、彼女は中国語の部屋に置かれた英国人と一緒だというのだ。
中国語の手紙が渡される。
英語のマニュアルには、中国語の質問に対する返事の仕方が書いてある。
そのマニュアルに従って返事を書けば、一見、相手と意思疎通が出来るように見える。
だが、それはマニュアルに従って返事を書いているだけで、質問の意味など理解していない。
「おめでとうの返事は、ありがとう」と書いてあるから、そう返事をしただけに過ぎない。
そもそもその手紙が質問であるかどうかも理解していないのだ。
哲学的ゾンビが存在したとして、我々には見分けが付かない。
マニュアルを書いている現場を見ず、ただ返事を貰うだけの我々は、相手が中国人なのか英国人なのか。
まして、その人物が質問の意図を理解しているかなど、判別できないのだ。
だがな、例え始めは理解不能であっても、繰り返せば英国人だって中国語の意味を理解するはずだ。
彼女の機械の体には心が宿り、演算素子に知性と理性が宿り、動力炉は熱く人と同じ温度を持っている。
今は宿っていなくとも、彼女はその心を手に入れると信じて止まない。
彼女はどうやら最近、遊ぶことを覚えたらしい。
こういう欲をなんていうんだ? ともかく、勤勉の真逆の欲求だ。
といっても、彼女の遊びは可愛いモノで、毎日遊んでくれと俺にせがむようなレベルだ。
おい誰だ、エロいこと考えた奴。
ちょっとこい、なでなでしてやるぜ。
先日チェスを教えたが、バックトラック法がある地点でスパコン並みの演算力を持つ彼女には勝てない。
量子コンピュータ持っているから、将棋も無理だな。
彼女の理性的成長は目を見張るものがある。
恐らく、俺の予想を遥かに上回り、あと数週間で彼女はもっと高次元の理性を得るだろう。
「博士だって知っているだろう? 哲学的ゾンビは傍目からでは見分けがつかない」
「電気パターンは、人間と同じ反応を示しているな」
それでもだよ、と、彼は返して、一口ウィスキーを喉へ流し込む。
氷が冷たい音を立てて、グラスの空になった事を告げる。
俺はそれを確認すると、新しいビンを開けて彼のグラスへと注ぐ。
「チューリング・テストをパスした所で、俺達はそれが本当にゾンビでないと証明などできやしないんだ」
と彼は言う
「愚問だな、絶対確認できないなら、自分自身がゾンビでないと誰が証明できる?」
答えに窮し、ばつが悪そうに彼はウィスキーを嚥下した。
俺は彼のグラスが机を叩くのを待って、言葉を繋げる。
「それと一緒だよ、つまりは、彼女がゾンビでないと誰が証明できると言うんだ?」
生物界と無生物界を区別しなかったデカルトは、5歳のときになくなった愛娘にそっくりな
人形を作り、フランシーヌと名付けた。そんな話もあったな
「見よ!!これが新しいお前の拡張パーツだ!!!」
ネコミミは、良いものだ。だが、犬耳も捨てがたい。ウサ耳という手もある。狐耳もいいぞ
そもそもネコミミは、獣の備える野性味、子猫の備える愛らしさ。
そして! それらが人間の頭上で揺れるアンバランスさが、その少女の美しさを最大限まで引き出す究極に最も近いアクセサリーなのだ!
この判断を誤れば、俺は生涯苦悩するだろう。
色、形状、着ける位置、角度。
角度は先を下に向けた、垂れ耳型と言うのはどうだろうか?
いや、王道的に大型で行くべきか?
まあ彼女は気に入ってくれたから良しとしよう
そういや、もうすぐ流星群が訪れるとニュースで言っていたな。
興味津々でこちらを見つめる彼女に、俺は流星に関する科学的見地と一般常識を説いてやった。
一言告げるごとに、その瞳が興味の輝きを増した事は言うまでもない。
特に、三回願いを唱えれば、という迷信を彼女はいたく気に入ったようだ。
俺の言葉を訊いて早口プログラムを組んだらしい、演算力を会話機能へ優先的に割り当てるだけの簡単なものだ。
そら、処理速度を上げたら早口になるだろうが、なんて原子的な……
電磁筋肉の磨耗が酷いと言われ、全身の点検も兼ねて交換作業を施す。
スリープモードに移行して強制的に眠る彼女は、可憐という言葉の似合う、安らかな寝顔を浮かべていた。
その綺麗な髪の乱れを手ぐしで整え、手術台に付属した電灯に明かりを灯す。
当初、彼女をツンデレキャラにしようと画策したが、今やその性格は別ベクトルを目指している。
そしてそれは、目指したものではないにせよ、確実に理想的なキャラクターの一つだ。
正直、思考パターンへ与えた影響が、どれほど、どのような形で出るか分かったモノではなかった。
数体の失敗を乗り越え、その先に理想の彼女のが生まれるものだと、覚悟を決めていた。
そんな後ろ向きな予想を裏切って、俺の生んだアンドロイドは確実に、萌えキャラに向けて成長していた。
今、新たな命題に直面している。
彼女は、電気羊の夢を見るのだろうか?
頭部パーツを外し、シリコンで出来た電磁筋肉を付け替える今も、その疑問は頭から離れる事はない。
「腕はマッスルパッケージの交換で済むが、脚はダメだな。関節ごと廃棄して新装するしか……」
体重を支えるべき右膝の関節部分が破損して、バンパーオイルが漏れていた。
これでは不調なわけだ。
新しい膝関節を倉庫から持ってこようと振り返る、瞬間、何かが鼓膜を振るわせた。
それは夢の中で俺を呼ぶ、アンドロイドの可愛い寝言だった。
何かが胸を軽く締め付けるような、そんな感触が優しく襲ってきた。
本を閉じて、次の本を手に取ろうと腕を伸ばす。
左には読み終えた本の山、右にはまだ読んでいない本が積まれている。いつもどおりの光景だ。
だが伸ばした腕は空を切り、指先が床を叩いて、既に次に読む本がない事を知らせた。
仕方なく、俺は立ち上がって、数日前発表された論文のコピーを手に取った。
確か、ミュオン内部構造に関する実験をまとめた論文だ。
インドの研究グループが発表したままの原文なので、すべてヒンディー語で書かれている。
少々読むのに時間がかかるな、まったく、逆方向に書かれると読み難くいことこの上ない。
「ああ? どうした?」
心なしか最近、俺を無意味に呼ぶ事が多い気がしてきた。
なあ、そんなに暇か?
流星群の日がついに訪れ、俺達は星が見える小さな丘へ登った。
街の灯りが空を照らし、それでも星達は人工の光に屈せず、燦然(さんぜん)と輝いている。
望遠鏡だとか、星図板だとか、そういった類の物品は一切持ってきていない。
彼女の網膜素子はそんなものなくても見えるだろうし、超高密度分子メモリは記憶しているだろう。
俺はただ流れ星にはしゃぐこの子を見れれば、それでよかった。
それは瞬く間に流れて摩擦の熱に消えた。
彼女は願いを唱えるなんてすっかり忘れているのか、その場で飛び跳ねんばかりにはしゃいでいる。
「おい、お前、願い事はどうしたんだよ?」
彼女は振り返りながら、満面の笑みを浮かべていた。
ああ、何でタバコを家に置いてきちまったんだろうな。何かを誤魔化すにはもってこいだと言うのに……
そうだよ、萌えたんだよ悪いか?
どうも、俺は彼女に随分と好かれているらしい。
だがそれは、創造主だからなのか、個人としての感情なのか、彼女に聞いた質問は余計に難易度を増した。
「先日、ドアを開けたらタライが落ちてきたんだ」
ココを打ったんだ。と、俺は頭頂部を指し示す。
「もちろん、仕掛けたのは彼女だ。正直苛立った、けど、これは彼女に悪戯を実行するほどの理性がある証明だ」
それは、理性なのか?と彼は問いかけてくるが俺は
「理性さ。そして、悪戯を楽しむ感情でもある」
俺が答えると彼は、なのならば、と前置きして続ける。
「彼女は楽しむ感情としてではなく、単に人間の行動としてそれを覚えたに過ぎないんじゃないのか?」
一理あるな。じゃあ訊くが、その悪戯を試してみようと言う好奇心は、感情じゃないのか?
彼は答えず、いや、答えられずに、また一口ウィスキーを口に含んだ。
彼女が組んだゲームプログラムのデバックを手伝う。
ソースがゴチャゴチャしている俺とは大違いの、驚くほど綺麗なプログラムだ。
その上、アンドロイドだからであろう、記述ミスや順序ミスなど、凡ミスが一つもない。
お陰でデバック作業は随分と楽に進んだ。
プログラムは創作活動に含まれる、俺の脳内定義が正しいならばそのはずだ。
だけじゃない、今日彼女は絵を描いてみせた。
ならば、自ら望み、無から何かを作り出した彼女に、意識はあるのだろうか?
絵を描くことと写真を印刷することとでは、まったく、別次元の問題だ。
どちらもインクを紙に染み込ませ、特定の図形を描くという意味では、全く同じ現象ではある。
だけど、彼女の空想を、彼女の世界観を、そのまま紙に写した紙は、絵画と呼べる代物足り得るのだろうか?
アンドロイド特有の写真のように精巧な絵は、一体、印刷なのか絵画なのか。
答えてくれる人間は、いや、答えを持つ人間は誰一人として存在しない。
まさに、神のみぞ知ることなのだろう。
ただ俺は、彼女の色鉛筆を使って描いた流星群が、眩しいほどに美しく見えたのだった。
それだけで、神だろうがなんだろうが、どうだって良い気がしてきた。
ある日、昼飯の準備を始めようと、立ち上がったその時だ。
俺は彼女に呼びとめられた。
彼女にしては珍しく何かもじもじと、決めかねるように手元を遊ばせ、俺とまっすぐ視線を合わせようとしない。
彼女はどうやら昼飯を作ってくれるようだった。涙がチョチョ切れるぜ。
しかしなんだろう、ヨードチンキ漬けのゴライアスカブトムシみたいな味がした。食ったことないけど。
一言で言うなら、気を失うかも知れないくらい不味かった。
だけどな、この状況で歯を食いしばって美味いって言えなきゃ男じゃないね。
……腹痛は一時間後に待っていた。
彼女はある日突然泣き出した
理由は分からない、思考形成回路へのアクセスは元から禁止になってるし、どこが悪いかなど検討もつかない
まずいな、思考異常が発生したのだろうか?
俺が思考パターンネットワークへ介入した部分が、ついに異常を引き起こしたのかも知れない。
しかし、他の情報を引きずり出そうにも、彼女は泣いてしまって返事は要領を得ない。
いや、そもそもこの号泣が思考異常、感情異常だというのか?
彼女が言うには俺を見るだけで胸が苦しくなる。らしい。
…あー涙出るかと思った。不覚にも涙の訴えに俺は悩殺された。
神様、俺がお前を肯定する事は一生ありえない。
だが、感謝の旨くらい述べさせてくれてもいいだろう。
主よ、あなたの作ったこの世界に、あなたが与えてくれた愛に感謝します。
そして俺は、泣きじゃくる彼女を抱きしめて、きつくきつく抱きしめて、一言を噛み締めるように告げた。
「俺もだよ、俺も、お前が好きだ」
彼女は、アンドロイドは、心を宿すんだ。目の前の彼女を見て、なぜそんな簡単な事を否定できる。
その感情がエラーなどと、誰が肯定できると言うのだ。
なんだか急に愛しくなって、俺は彼女を後ろから抱き絞めた。
慌てる彼女がまた可愛くて、その頭をグリグリとなで回した。
頬ずりするとシャンプーとリンスの香りが鼻をくすぐり、全身の柔らかさが俺を包む。
この柔らかさは電磁筋肉のものだ、分かっていても、まだ愛しい。
ああくそ、可愛いなコンチクショウ。
彼女の要請で俺は全身の改造を施していた。ボディ全てを改装する大規模改造だ。
といってもこれは、時間のかかる代物ではない。
彼女の演算素子やメモリ、動力源といった外せるパーツを外して新しいボディに収めるだけの作業だ。
磨耗品の換装など、面倒な作業は事前に行っていた。
全ての換装が終わると、手術台で眠る彼女をうつ伏せになるよう転がす。
その首の端子に手元のコンピュータを接続すると、液晶を眺めながらキーをいくつか叩いた。
そうやって、いざと言うときの為に組んでおいたプログラムを流し込む。
テストモードを起動して、プログラムや換装パーツの駆動を確かめると、端子を引き抜く。
あお向けに戻すと、彼女は眠りから目覚めた。
彼女に新たに与えた物は、子を宿せない子宮と精密な感覚神経だ。
俺自身のやましい気持ちなど、関係がない、俺は彼女の望むままに改造と拡張を施す。
ただ、それだけだ。
だと言うのに
思えば、この時この子の重大な欠陥に、気付くべきだった。
推理する材料は、この地点で十二分に揃っていたのだ。
なのに俺は、その可能性に一部も目を向けなかった。
いや、もしかしたら、既に気付いていたのかも知れない。
だけど、ただ、その残酷な可能性に眼を背けていただけかも知れない。
結果的にこの換装を施した。
神よ、殺して悪かった。お前はまだ生きている。
だってまだ、俺の前に壁として立ち塞がっているじゃあないか。
ふざけるなよ。
俺はお前にだけは、絶対に祈らない。
お前をすぐに乗り越えてやる、今その方法は浮かばないが必ずだ。
昨夜、俺は彼女と結ばれた。愚鈍な俺が事実に気がついたのは、この時だった。
彼女は俺の胸の中で、俺に抱かれながら、「あかちゃん、欲しいなぁ……」そう、言ったのだ。
残酷にも、彼女の思考ネットワークの中には、母性本能が形成されていた。
拡張機能申し出を断ったのは、初めてじゃないだろうか?
情が移るのは、ダメだな。
それが愛情であろうと、同情であろうと、俺の胸を痛めつける。
彼女の要望は、他人のモノでもいい、子を宿せるようにしてくれと言うものだった。
俺の作った擬似細胞は、所詮、細胞の形をしたシリコンとセラミックの塊に過ぎない。
どんなに似た振る舞いをしようと、同じ機能を有していようと、死滅しないし分裂もしない。
所詮人間は神に勝つ事はない、無力なのだ。
彼女はそれを知っていて、人間の卵子に宿せるようにして欲しいと懇願して来たのだ。
技術力的には、難しいが全く不可能という訳ではない。
むしろ、彼女のボディを作る方が何十倍も難易度の高いことだ。
「すまんな、もう拡張領域が限界なんだ。」
そう断ると、彼女は少し不満そうであったが、プリン5つで納得してくれた。
もちろん、まだ彼女の胸はAカップのままだ。そう、拡張できないなんて嘘だ。
でも、彼女が喜んで人の子を宿す様を想像してみろ。
人間の子供を生む姿を想像してみろ。
その時彼女は、自分がアンドロイドだと、人間ではないと絶望するだろう。
彼女がそんな目に遭うと知って、彼女にそんな改造を施せるわけがなかった。
「なあ、アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」
有名な本のタイトルを彼はボソリと呟いた。
人類の永遠の命題の一つ、人工物に意識は宿るのか?
ひっくり返せば、人間は金属とシリコンから意識を作れるのか?ということでもある。
あの子は夢を見る。それは、睡眠の中でも、願望の形としてもだ
それは、記憶整理によって生まれたノイズじゃないのか?とも思うだろうが
それを言うなら人間だってそうだ。夜寝ながら見る夢は、単なる記憶整理のノイズだ
そう、俺達だって夢を見る。
じゃあ、それは単なる脳の反応に過ぎないんじゃないのか?
自分に意識がある? 本当に?
他人が、自分が、ただ人間っぽくに反応するだけの人形ではないと、誰が宣言できると言うのだ。
ゲーテは言った。真理はたいまつである。人は火傷を恐れて、見て見ぬ振りをするそうだ。と
深夜、俺が寝たと思ったのだろう、彼女がスリープモードを解除してどこかへと出かけた。
俺は気づかれないよう、こっそりと後を追う。
彼女は、近所の教会へと不法侵入をした。
誰に教わったのだろうか? 十字架の前で手を組み、何かを呟いている。
その声は聞こえなかった。だけど、すぐに耳をそばだてる意味など、消え去った。
彼女は、自らの子供を宿したいと。祝福あれ、とそう願っていた。
彼女は感情が押さえきれず、声は悲痛な叫びとなって、嗚咽と共に響いた。
カメラの洗浄など、まぶたにブラシをつければ十分だっただろう。
俺は安易に泣くという機能をつけた自分を呪った。
しかし、人間の俺が神を信じず、アンドロイドが必死に神へ懇願するとは、なんと数奇な運命だろうか?
彼女の消え入りそうな合成音声が聞こえるたび、胸の中の獣が暴れ出し、そのまま引き裂いてしまう気がした。
むしろ、俺はそうなる事を願った。
視界が滲むように歪んだのは、きっと寝不足の所為だけじゃない。
壁を殴った拳から、じわりと血が滲んで鈍い痛みが手を刺した。
それが、数日前の話だ。
友人との会話の後、俺はしこたま酔っていた、夜風に当たろうと外をフラフラしていた。
顔を上げると、都会よりはマシ程度の星空が視界に映る。
涼しい風に身を任せると、上気した頬に心地よかった。
その時、ちょうどあの子が出かけていくのが見えた。
また、教会なのだろうか? この寒い中、あの子はまた祈るのだろうか?
何故か俺も、その苦行に付き合わなくてはならない気がした。
胸に渦巻く罪悪感を晴らすためじゃない、彼女のためにやらないといけない気がした。
だから、気付かれぬようこっそりとその後をつける。
彼女に気付かれてはいけない気がした。
酔っているからか、気がつくと彼女から随分離されていた。
彼女は教会ではなく、もっと別の場所を目指しているようだった。
距離を詰めようと少し急ぎ、横断歩道を渡るその瞬間、強い光が俺を照らした。
それは、迫る大型トラックのライトだった。
ああ、これが天罰か。
あの子をあんなにも悲しませた、悲しませる為に生んだ、その罰か……
神の野郎、ふざけやがって、贖罪すら許してくれないのかよ。
俺の向かう先は、地獄だろうか? それとも、天国だろうか?
どちらにもいけないと言う予想は、不思議と浮かぶ事はなかった。
乱暴な衝撃が俺を貫いた。
※以下は(彼)のセリフです
読まなくても大丈夫ですが
読んだほうがきれいに終わります
俺が霊安室のドアを蹴破ると、そこには博士とあの子が眠っていた。
博士の顔には白い布を掛けられ、彼女はその手を握り、その胸に突っ伏している。
確かに彼女の寿命を考えると、博士と生涯共にいることは叶わなかっただろう。
だが、お別れは少し早すぎやしないか?
もうすこし、あの子を幸せにしてやっても良かったんじゃないだろうか?
彼女のそばによって、その肩を叩く。
人間になる事を夢見た人間そっくりの人形は、愛する人の胸で安らかに壊れていた。
彼女は、博士を追って自らの、全て機能の電源を切ったのだ。
その手にはなにか紙が握られ、その顔はとても幸せそうだった。
彼女も、博士も、この上なく幸せそうだった。
それだけが、唯一の救いだった。
彼女の握っていた手紙は遺書のようだった。
『神よ、アナタに感謝します。
私のような歪な魂が、この世に誕生することを許してくれて、ありがとうございました。
マスターに会わせてくれて、ありがとうございました。
マスターの作ったアンドロイドにしてくれて、ありがとうございました。
中途半端な私に恋を与えてくれて、ありがとうございました。
神よ、アナタへの感謝は尽きる事がありません。
そして、せっかく頂いた命を捨てる事をお許しください。
だけれど、私はマスターの居ない世界で生きていくことは、意味がないのです。
そして、我侭ついでにいくつかお願いがあります。
神様どうか、許してくれるのならば、私を天国のマスターの隣に連れていってください。
出来るのであれば、来世はまたマスターの傍に居させてください。
人間でなくてもいい、ただ隣で笑わせてください。どうか、お願いします』
ところどころ涙で濡れた手紙に、神への怒りは
一言も記されて居なかった。
われわれの神々もわれわれの希望も、
もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
われわれの愛もまた
科学的であっていけないいわれがありましょうか
──ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』より
了