猫伝染性腹膜炎(FIP)について
猫ちゃんの病気のひとつに、猫伝染性腹膜炎(FIP)という病気があります。
ワクチンで予防することができず、近年まで発症するとほぼ助からないと言われていた厄介な病気です。
この記事では、猫伝染性腹膜炎(FIP)についてや、2023年にキプロスで発生したFIPの爆発的流行に関する情報について説明します。
※著者は獣医師ではなく、特定の治療薬や治療法を推奨したり、広告・宣伝する意図はありません。FIPが疑われる場合は、必ず獣医師に診断・治療をしてもらってください。
猫伝染性腹膜炎(FIP)とは
概要
多くは1歳未満の子猫で発症し、食欲不振、活動性の低下、発熱、体重減少などの症状が起こり、発症から数日~1ヶ月以内に亡くなることも多い非常に致死性の高い病気です。
「猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)」というウイルスにより引き起こされるウイルス性感染症で、この猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は「猫コロナウイルス(Feline coronavirus : FCoV)」がストレスなどの何らかの要因によって病原性の高いウイルスに突然変異したものと考えられています。
猫コロナウイルスは弱毒性ですが、ネコ全体の40%ほどが保有していると言われており、このうち数%から10%ほどが猫伝染性腹膜炎(FIP)を発症してしまうと言われています。
残念ながら猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)への突然変異を確実に予防する方法は見つかっていません。
※動物用医薬品会社がFIP予防ワクチンを作りましたが、その効果は疑問視されており、世界的にも推奨されていません。
症状
発症から数日で亡くなってしまうこともある病気なので、飼い主さんが猫ちゃんの体調の変化に気づき、早期に治療を開始することが大切です。
・発熱(抗生物質に反応しない持続的な高熱)
・元気がない
・食欲が無い
・体重が減ってきた(腹水が溜まって体重が増えることも)
・抱っこした時に体がいつもより熱い、耳を触ると熱い
・耳の内側や、白目部分、口のなかが黄色っぽい
・下痢、嘔吐が2日以上続いている
・お腹がふくらんできた
・呼吸が苦しそう
猫伝染性腹膜炎(FIP)には、ドライタイプとウェットタイプがあります。
どちらのタイプを発症するかは、猫伝染性腹膜炎ウイルスに対する免疫反応の違いが関係していると言われています。
また、必ずどちらのタイプだけになるというものではなく、ドライタイプとウェットタイプのどちらの症状も同時に発症する「混合タイプ」や、最初はドライタイプだったけど、途中でウェットタイプにもなるということもあります。
ウェットタイプ
猫伝染性腹膜炎(FIP)の多くはこちらのタイプに分類される。
おなかや胸に水が溜まり、大きく膨れてくる。その水が肺や消化器を圧迫することで、呼吸困難や食欲低下などの症状を引き起こす。
嘔吐や下痢などの消化器異常を引き起こす場合がある。
進行が速く、症状の発生から数日以内に急死する可能性がある。
ドライタイプ
様々な臓器に小さなしこりが発生する「肉芽腫性炎」という特殊な炎症が起きる。
眼に発生すれば、ぶどう膜炎(目が濁ったようになる)や虹彩炎(虹彩が腫れたり、充血する)などの症状が出る場合がある。
脳内に発生すれば、眼振(眼球が小刻みに揺れる)、斜頚(頭が斜めに傾く)、マヒや痙攣などの神経症状を引き起こす。
腎臓や肝臓、腸などに発生すれば、黄疸や下痢などの症状が現れることがある。
混合タイプ
ウェットタイプとドライタイプ、それぞれの症状が同時に発生する。
診断
症状は様々で、FIPだと思っても別の病気が原因だったり、風邪だと思っていたら実はFIPだったり、確定診断をするのが難しい病気でもあります。
腹水や胸水が溜まるウェットタイプでは、心臓病や、肝臓病、腎臓病などの症状に似ていますし、腫瘍や、細菌感染症などの症状ともよく似ているため、各種検査を行って見極めることになります。
FIPの症例では、40℃以上の発熱が認められ、一般的な血液検査において貧血が見られることが多く、白血球数の増加、好中球数の増加、リンパ球数が減少することが多いです。
エコー検査で診て腹水や胸水がある場合、針で刺すとFIPだと黄色の透明で粘稠性のある液体が採取されます。腹水や胸水が採取できた場合は、PCR検査を使ってウイルスを検出することができます。
ドライタイプで肉芽腫性病変があった場合には、病変部位や血液を採取して検査します。その他、高ガンマグロブリン血症(蛋白分画検査)の有無、抗体価の測定、炎症反応(α1AG、SAA等)の高値、眼症状、神経症状などの所見を総合して診断します。
ドライタイプのFIPは診断が非常に難しいケースがあり、外注検査の結果を待っていると治療が手遅れになってしまうこともあるので、FIPの仮診断(確定ではない状態)で治療薬の投薬をすることもあります。
治療法
最近まで猫伝染性腹膜炎(FIP)に対する有効な治療法は確立されておらず、ステロイド剤で炎症を抑える、猫インターフェロン製剤の注射でウイルスを抑える、免疫抑制剤で過剰な免疫を抑制するなどの対症療法が中心でした。
この方法では症状の改善や延命にある程度の効果は示すものの、最終的にはほぼ100%亡くなってしまうため、猫伝染性腹膜炎(FIP)はずっと「不治の病」とされてきました。
しかし、近年ではGS-441524などを使用した治療実績が多数報告されており、早期に適切な治療をすれば治る病気になりました。
治療薬
2024年9月現在、猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬として日本国内で認可されている薬はありません。
中国でGS-441524をコピーして販売されている薬が多数あり、中には表記通りの成分が含まれていない商品もあるようです。
※特定の薬での治療を推奨したり、広告・宣伝する意図はありません。
GS-441524
Gilead Sciences社によって開発された抗ウイルス薬。当初は製品化されていなかったが、2021年からBOVA社によって販売され、イギリス・オーストラリアでは動物用医薬品として認可されている。MUTIAN X(ムティアン X)
MUTIAN(ムティアン)社により販売されていたFIP治療薬で、GS-441524をコピーして作られたと言われている。製造責任者が逮捕される事件があり、現在は製造中止となっている。Xraphconn(ラプコン)
MUTIAN(ムティアン)社が販売している猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬で、注射薬と経口薬がある。GS-441524に良く似た構造をした抗ウイルス薬。FIP治療に多く使われている。CFN(Chuanfuning)
MUTIAN(ムティアン)社に勤めていた方が独立した会社で製造しているもので、製造方法や成分は以前流通していたMUTIAN(ムティアン)と同じと言われている。SPARK&AURA/メロンX/Felisvil
GS-441524を主成分とするFIP治療薬。Remdesivir(レムデシビル)
注射薬として投与され、猫の体内で代謝されるとGS−441524に変化する。新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の治療薬で、猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬としては未承認。Molnupiravir(モルヌピラビル)
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の治療薬で、猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬としては未承認。経口薬のみで注射薬は無い。
ただし、これらの治療薬は日本国内では動物医薬品として未承認で、価格も高いため、治療費が高額になります。
なお、これらの薬を使ったFIP治療には専門的な知識が必要で、ただ薬を投与するだけでは良くありません。病状に合った適切な量の投薬はもちろん、病気の早期発見・早期治療と猫ちゃんの適切な管理が重要です。
FIP治療のために動物病院を探す場合は、「治療成功率◯◯%」や「新薬で安価に治療できます」などと謳っている動物病院に安易に飛びつかないようにし、FIPの治療実績やサポート体制などを確認するようにしてください。
適切な投薬がされないと効果的でないばかりか、薬に対する耐性が付いてしまうこともあり、知識や経験のある獣医師のもとで適切な治療を進めることが大切です。
キプロスについて
キプロス共和国は、地中海東部に位置するキプロス島の大部分を占める共和制国家で、首都はニコシア、面積は四国の半分ほどです。
紀元前から交通の要衝で、ギリシャ、ペルシャ、ローマの支配下にあった時代の遺跡が多数存在します。
16世紀からオスマン帝国の領土となっていましたが、19世紀にイギリスが統治権を獲得し、20世紀に入ってから植民地になりました。
1960年の独立後、ギリシャ系民族とトルコ系民族の対立による内戦が始まり、南(ギリシャ系)と北(トルコ系)に分断、南北の境界線にはグリーンラインと呼ばれる緩衝地帯が設けられました。
キプロス島のほぼ中央にあり、グリーンラインが通るニコシア(レフコシャ)と言う都市は、南北両方の国が分断し、双方が自国の首都としている珍しい都市です。
島全域が地中海性気候の下で、果樹栽培や牧畜が伝統的に行われています。
「世界最古の飼いネコの墓」が発見された島でもあり、キプロスの人と猫との歴史は長く、野良猫や地域猫が多く生活しています。
キプロスでのFIPの爆発的流行
概要
キプロスでは、2023年1月からFIPを発症する猫が急増しました。
キプロスには100万匹以上の猫がいると言われていて、2023年7月末までに推定で8000匹の猫が命を落とした言われています。
通常、FIPの発症率は猫の1%程度と言われていますが、キプロスでは40%以上の発症率と推定されています。
そこで、各国の研究機関がこのFIP感染爆発の原因を調査し、なんらかの凶悪な遺伝子変異が猫コロナウイルス(FCoV)に生じたものと推察されました。
変異ウイルス、FCoV-23
その後の研究で、キプロスでのFIP感染爆発の原因となるウイルスが同定されました。
これは猫コロナウイルス(FCoV)と、犬コロナウイルスの中でも病原性の高いpantropic canine coronavirus(pCCoV)の間で遺伝子組み換えが起きて生じた新しいウイルスであり、FCoV-23と名付けられました。
このFCoV-23は、通常のFIPウイルスのように病原性が高く、なおかつ感染力も高いとされています。
FCoV-23は通常のFIPウイルスと同じようにドライタイプとウェットタイプのFIPを発症しますが、ウェットタイプが多く、また通常のFIPVに比べても神経症状が多いとされています。
また、通常のFIPウイルスは猫から猫への水平感染は基本的にしないとされていますが、FCoV-23は糞便中に排泄されて他の猫に容易に感染すると想定され、これがキプロスでのFIP感染爆発につながったと推察されています。
FCoV-23が他のヨーロッパおよび全世界に拡大したら、世界中の猫に壊滅的な打撃が予想されます。
ただし、従来のFIPあるいはヒトの新型コロナ用の薬が有効であり、実際キプロスでも人用に備蓄してあったモルヌピラビルが猫の治療に用いられました。
2023年10月の時点でイギリスで1例、ブルガリアの2例報告されていますが、感染はほぼ全例キプロス島内に限られています。
しかし、レバノン、トルコ、イスラエルなど野良猫が多い国でFIPの症例増加が報告されているとの情報もあり、今後の動向に注意が必要です。
なお、このFCoV-23は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とは異なる種類で、ヒトには感染しないと言われています。
また、日本国内において、現時点では猫から猫への水平感染をするFIPウイルスは確認されていません。
まとめ
猫コロナウイルス(FCoV)が突然変異して猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)になる
FIPは発症から数日で亡くなってしまうこともあり、早期に治療を開始することが大切
近年ではFIPの治療実績が多数報告されていて、知識や経験のある獣医師のもとで治療を進めれば治る病気になった。
キプロスでは猫コロナウイルス(FCoV)と犬コロナウイルス(pCCoV)の間での遺伝子組み換えにより生まれたウイルス(FCoV-23)により感染の爆発的流行が発生。
FCoV-23の感染はほぼキプロス島内に限定されているが、今後の動向には注意が必要。
最後に
キプロスでのFIP感染流行は猫コロナウイルス(FCoV)と犬コロナウイルス(pCCoV)によって変異したウイルスが原因でしたが、異なるコロナウイルスの遺伝子組み換え以外にもウイルスが変異する可能性があります。
抗ウイルス薬にはウイルス自体を変異させる可能性があるため、誤った投薬の結果、猫から猫に感染しやすいFIPウイルスが発生したり、猫から人に感染するFIPウイルスが発生してしまう可能性もあります。
猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療は知識や経験のある獣医師のもとで適切な治療を進めることが大切です。
そして、不治の病と言われていた猫伝染性腹膜炎(FIP)は、早期に適切な治療をすれば治る病気になりました。大切な家族である猫ちゃんがFIPを発症してしまった時に備えて、この病気のことを知り、あらかじめFIPに対して知識や経験のある獣医師を探しておくことが大切です。