盆地の夜の空気-1-
この暗闇は自然なことであった。
昔から変わっていなかった。
夜は暗いし、シンとしていた。
お線香の匂いがする自宅を出て、暗闇の道路へ出ていく。
空気が澄み渡り、緑の香りが盆地全体を包み込む。
普段の生活圏にも公演は沢山あるけれども、緑の濃度が違うことを身体全身で感じる。
先月、仕事で関東の地方都市へ向かう途中、夜間に山沿いを潜り抜けた時、あまりの暗さにちょっとした怖さを覚えたのを思い出した。
両脇に聳え立つ森林に街灯のない道路。
街灯があった場所を通ったかと思えば虫の群衆が車のガラスに向かって迫ってくる。
実家も同じくらい暗い。
自分がずっと住んできていた土地だったはずなのに、異世界へ来た違いを肌、身体じゅうで感じたのだ。
住まいの多くが80代の自宅で、21時も過ぎれば真っ暗になっている家屋も多い。空き家もあるし、管理しきれなくなって更地になっている場所もある。
私はよく遊んでいた友達の家まで歩くことにした。距離にして500メートルあるかないかくらい。
ぽつぽつ光る街灯は、昭和時代私が見てきた街灯よりも明るいし、頑丈だ。それでもその明るさと間隔では道を十分に明るく照らせない。
聞こえてくるのは、用水に流れる水の音、虫の声、私の歩く音、時々高齢者が咳をする音くらい。
こんなにも静かだったっけ?
高校生の頃、時々母親と一緒に夜の散歩をしていた。
その頃は暗いともなんとも思わなかったし、盆地に対しての特別な思いもなければ、虫の多さも何も気にならなかった。
時々飼い犬がロープを外されて夜に駆け回っており、今思えば野良犬も何匹かいたと思う。狸が道路を横切ることもあった。
山と川の間に私達は住まいがあり、崩落も増水も当たり前で、それに従うのが「生活」であった。