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勝負パンツと三軍パンツ

同僚が昨日はむしゃくしゃして眠れなかったという。
午後、布団を取り入れようとベランダから身を乗り出して、ぎょっとした。彼女はマンションの二階に住んでいる。真下の部屋には小さな庭があるのだが、その芝生の上に女性の下着が落ちていたのである。
目を凝らし、「あー、びっくりした。よかった、私のじゃなくて」とつぶやいたあと、ふと思った。
あれは私のパンツではない。でも、拾った人はどう思うのだろう?
どこから飛んできたのかと考えないはずがない。そのとき、最有力候補にされるのは真上の部屋ではないだろうか……。
彼女は愕然とした。「庭にパンツ落ちてましたよね。でも、私のではありませんので」と言いに行くわけにもいかない。あれに名前でも書いていないかぎり、自分のではないことを階下の住人にわかってもらうことはできないのだ。
「どうしていい加減な干し方した人に代わって、私が恥をかかなきゃならないのよー!」

しかし、さらに許せないのはそれが“おばさんパンツ”だったことである。
「あんな巨大なスルメみたいなの、“三軍”パンツの中にもないわ」
あんなデカパンを履いていると思われるのは耐えられない、と彼女は悲痛な声をあげた。

わかる、わかるわ、その気持ち……。私は静かに頷いた。
大学生のとき、学食で友人を見つけ駆け寄ろうとした私は濡れた床に足をとられ、見事に転んでしまった。タイトなワンピースを着ていたのだが、スライディングさながら勢いよく滑ったものだから、スカートが一気にまくれ上がった。
その姿はまるで強風で逆さになった傘状態。時分どきで人がごった返す中、なにもかもすっかり丸出しである。私は半泣きになって家まで走って帰った。
走りながら必死で考えていたのは、「今日どんなの履いてたっけ!?」ということ。人前であんな転び方をして立ち直れないくらいショックなのに、その上ダサいのなんか履いていたら……もう舌を噛み切るしかないと思った。
パンツを見られたことは「はずかしい」で済む。しかし、「あんなの履いてるんだ……(プッ)」と思われるのはものすごい屈辱だ。

この失敗があったからというわけではないけれど、下着はそれなりのものを着けていたいと思っている。
女たるもの、いつでも脱げるよう心づもりを……あ、いや、そっちの意味ではなくてですね(まあ、そっちの意味でもいいんだけど)、好むと好まざるとにかかわらずそれは人目に晒されることがあるからだ。
緊急入院してきた患者はたいてい意識がなかったり痛みで動けなかったりする。だから私たちが病衣への更衣を行うのであるが、この先、自分が不慮の事故かなにかで救急車で運ばれることがないともかぎらない。そのとき、「お願いですからいったん家に寄ってください!」と懇願しなくても済むようにはしていたいではないか。

とはいえ、誰でも自分の好きな下着を集めて身に着けられるというわけではないようだ。
二十代前半の頃、恋人のいない同僚何人かで集まってクリスマスパーティーをしたことがある。私はプレゼント交換の品をなににしようか迷った末、
「来年は私たちなんかじゃなく、すてきな彼と過ごしてネ」
という気持ちを込めて勝負パンツにすることにした。そうしたら翌日、私のプレゼントが当たった子から苦情がきた。
「蓮見ちゃんからもらったやつ、お母さんに見せたら『そんなイヤラシイの捨てなさい!』って怒られた」

そういえば、大学卒業を機に実家に帰ることになった友人が派手なパンツを処分しようかどうしようかと悩んでいたことがある。また、別の友人は「おなかを冷やしたらだめ」「通気性がいいのが一番」と母親からおへそが隠れる綿のパンツしか許されず、こんなのを履いているうちは恋人なんかできないとこぼしていたっけ。
なるほど、実家暮らしだと親の目が気になって下着のおしゃれはしづらいかもしれない。


ところで、冒頭の同僚に一軍、二軍、三軍の違いを訊いてみた。
花の一軍はお高かったりデザインが繊細だったりで洗濯機には入れられない、ここぞというときに履くパンツ。二軍は値段と履き心地と耐久性で選んだ普段使いのもの。三軍は二軍から落ちてきた、うっかり職場に履いて行ったら更衣室から誰もいなくなるまで着替えられない代物、だそう。
パンツの格付けとはおもしろいなあ(三軍まであるのね……)。


【あとがき】
私はひとり暮らしが長かったので親の目を気にしたことがありませんでしたが、実家に住んでいたら色気のあるものはやっぱ無理かな……。