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人間賛歌の桃源郷 マイク・ミルズ

はじめに

マイク・ミルズ監督作品が好きだ。

これまで「この監督は外れがない!撮ったものすべてが面白い!」と信仰してきた人物はクリストファー・ノーランだけだった。
ノーランを除いて特に監督にはまるという経験はなかったので、これは奇跡である。
しかしなんとマイク・ミルズファン歴は現在進行形でまだたったの7日である。この一週間で彼の作品を3本も見てしまった。その3本全てが面白い。全てがクリーンヒットなのだ。
これはもう彼の出した作品なら何でも好きと言っても過言ではない。

彼の映画はまず内容が良かった。
嫌なことがあっても、どの映画も最後には主人公たちがちょっぴり救われるカタルシスがある。そして彼の映画ではどんな人も非難しない。
ゲイ、夫に先立たれた母親、同棲までしたのにふらっといなくなってしまう彼女――カテゴライズして、名前を付ければ彼の映画に出てくるのはこんな人々だ。だけど彼は一方の立場の人を「悪」に描かない。
弱い部分がある人、傍から見るとちょっと自分勝手な行動をする人、それら全てを彼は愛しているのだと思う。

彼の作った映画の根底に流れるもの、それはまさに人間賛歌だ。

日常を切り取る力

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(『20th Century Women』Mills,2016)

ちょっと見づらいが、これは照明の垂れひもに手が当たって、ぶらぶら揺れてしまったので指で押さえて止めるシーン。

そんなちっぽけなこと?と思うかもしれない。だが、こんな当たり前な日常を映画で描ける人がいるだろうか。
私はこのシーンでアメリカにも、ひもを引っ張って付けるライトがあるんだとか、幼い頃そういえば私の家にも同じライトがあった、そして家族で夕ご飯を食べていたなとか、そんな些細なことが思い出された。
そしてこの映画に一気に引き込まれたのだ。

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(『20th Century Women』Mills,2016)

これは主人公が、幼なじみであるエル・ファニングと外でおしゃべりするシーン。

エル・ファニングが美しい。この映画を見ていると常にその思いが心の内にあふれてくる。
このシーンでは初め音楽はかからない。鳥の声、風の音だけが聞える中で2人は静かに喋っている。次第に幻想的な音楽が流れ、とうとうと語っているエル・ファニングも、話している内容を夢想するように首をもたげる。
その時、エル・ファニングが寄りかかっているブロックに彼女の髪の毛がはらりとかかる。
その瞬間これまで美しいと感じていた彼女の顔だけでなく、そのブロックに落ちる髪の毛まで愛おしいと思うことに気付く。
まるで彼女の隣に自分がいて、今まさに目の前で話してくれているような気分になるのだ。

激しいアクションもない、だがこういったさりげない日常を圧倒的な質量をもって描くマイク・ミルズはやはり素晴らしいとしか言いようがない。

美しい色彩構成

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(『20th Century Women』Mills,2016)

この画面を見た時、まずは美しいという言葉が出てくるのではないだろうか。統一された色合いが心地良く感じられるはずだ。

次にじっくりとこの画面をご覧頂きたい。お気づきだろうか?
この画面で主に使われている色は2色しかないのだ。大ざっぱに言ってしまえば「青」と「黄色」である。

黄色の補色(※1)は青紫だが、キッチンの黄色、そして向かって右に座るルーカス・ジェイド・ズマンの青紫のシャツがばっちりと決まっている。

※1色相環で反対に位置する色。お互いの色を引き立てる効果をもつ

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(『20th Century Women』Mills,2016)

今度は打って変わって一見多くの色が使用されているように見えるシーン。

だが、とっ散らかった印象はなく、これだけカラフルでも落ち着いて見える。

背景の絵画の赤、向かって左から2番目に座るグレタ・ガーウィグの鮮やかなレッドヘアー、そして花瓶の花の赤。
向かって左から3番目に座るルーカス・ジェイド・ズマンの緑のシャツに、花瓶に差さる花の緑。

こういった小物と人物の色合いがマッチしていて、さすがの色彩感覚である。

かっこいいキアヌ

これはマイク・ミルズ関係ないんじゃないか?とお思いの方もいるだろう。ぶっちゃけて言えば確かにそうだ。

だが私は『サムサッカー』(Mills,2005)でキアヌ・リーブスのカッコよさに稲妻のように打たれた。これまでキアヌに対してアクションがすごい、目元がチベットスナギツネに似てるなどしか思っておらず本当に申し訳なかった。
改めて彼のかっこよさに気が付かせてくれたマイク・ミルズにお礼を言いたい。

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(『Thumbsucker』Mills,2005)

上の画像を見て欲しい。キアヌ・リーブスは歯科医という役どころである。彼が初めて登場するシーンでは彼の声がまず聞こえ、後ろ姿が映るばかりで彼の顔は全く見えない。

ここで我々は無類の殺し屋ジョン・ウィック(『John Wick』Stahelski,2014)を想像する。彼は鉛筆1本で人を殺せるのだ。こんな無防備に口を開いて治療を受ける場所では、主人公が殺されてしまわないだろうかと一瞬頭に不安がよぎる。

だが安心して欲しい。彼は主人公の唯一無二の味方なのだ。

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(『Thumbsucker』Mills,2005)

そしてカメラが切り替わり彼の顔が映る。イケメンだ。美しい。キアヌってこんなにかっこよかったのか。

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(『Thumbsucker』Mills,2005)

ゴム手袋、静かな低い声、そして優しく頭を包み込むように治療してくれるその姿、これはもう一種の特殊性癖が開花してしまってもおかしくはない。

最後に余談を2つばかり語って終わろう。余談だからここはすっ飛ばしてしまっても全く構わない。
ただ私の中で点と点が線でつながった不思議な感覚があったのでここに記載しておく。

余談

ミランダ・ジュライ

マイク・ミルズのパートナーはミランダ・ジュライである。彼女は脚本、監督、そして女優もこなす。
しかしなんと言っても外国文学に造詣が深い人ならば、彼女の名前を一度は聞いたことがあるはずだ。そう、『いちばんここに似合う人』(July,2010)の著者がミランダ・ジュライだ。

私はこの本が好きだ。あまり書いてしまうと『いちばんここに似合う人』の感想で長くなってしまうから、たった一言だけマイク・ミルズと彼女が結婚していると知った時の気持ちを記そう。

「好きなものと好きなものって結婚するんだ!」

グレタ・ガーウィグ

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(『20th Century Women』Mills,2016)

この素敵な赤髪に染めた彼女がグレタ・ガーウィグだ。『20センチュリー・ウーマン』では全てのキャストが光っていたが、彼女もまた光っていた。
キャストの情報など前情報なく映画を見たので、もちろん彼女の名前を当初は知らなかった。
一体彼女は誰なのだろう?そう思い調べた私は驚愕した。
彼女はグレタ・カーヴィグで、気鋭の映画監督だった。今日本でも話題の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(Gerwig,2019)、そして『レディ・バード』(Gerwig,2017)の監督だ。
もちろんどちらも大好きな作品だ。

マイク・ミルズの周辺には好きなものが集まっている。こんな素敵なことがあるのかとなんとも言えない不思議な気持ちだ。

おわりに

マイク・ミルズ作品は本当に素晴らしい。誰かとこの素晴らしさを共有できたらとても嬉しい。
一番最後に彼の作品のリンク(Amazon prime video)を付けておくので、ぜひ休みの日にでも見て頂けたら幸いだ。

参照リスト

Mike Mills(監督),2016,『20th Century Women』(邦題:20センチュリー・ウーマン),Annapurna Pictures.
Mike Mills(監督),2010,『Beginners』(邦題:人生はビギナーズ),Olympus Pictures.
Mike Mills(監督),2005,『Thumbsucker』(邦題:サムサッカー),Bob Yari Productions
Greta Gerwig(監督),2019,『Little Women』(邦題:ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語),Columbia Pictures.
Greta Gerwig(監督),2017,『Lady Bird』(邦題:レディ・バード),IAC Films.
Chad Stahelski(監督),2014,『John Wick』(邦題:ジョン・ウィック),Summit Entertainment.
ミランダ・ジュライ著、岸本佐知子訳、2010、『いちばんここに似合う人』、新潮社(原著 2007)。

素晴らしきマイク・ミルズ作品たち


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