あの夏の君にまた会いたい/映画「君の名前で僕を呼んで」
少年が体験する、ひと夏の淡い恋物語かと思ってました。
1983年。自然豊かな北イタリア。大学教授の父は、毎年夏に学生インターンを6週間、自宅へ受け入れている。その年やって来たのは、アメリカ人のオリヴァー。17歳の少年エリオは、自信家でハンサムなオリヴァーをあまり歓迎する気になれません。最初のうちは。
少年エリオが24歳のオリヴァーに憧れに似た恋心を抱き、一度だけキスして抱きしめ合ってさよなら、という感じの映画だと思っていたんです。あれが僕の初恋だった、みたいな。美化された思い出。
ぜんぜん違った。
序盤は二人にあまり接点がないんですよ。父親の若い弟子が、ただ家族に混じって一緒に暮らしているというだけで。エリオがオリヴァーを気にかけるようになってからも、オリヴァーは地元の女性と踊ったりキスしたり。一方、エリオはガールフレンドと深い仲になる。
よくあるひと夏のアバンチュールみたいな話が続くんです。男女の。エリオはオリヴァーにちょっとアクションを起こすんだけど、オリヴァーはあまり相手をしてない感じ。
それが、ある日を境に一転する。エリオが言葉をわざと濁して、オリヴァーに自分の気持ちを匂わせます。はたで聞いてたら、なんの話をしているのかわからないぐらいに曖昧な表現で。オリヴァーはすぐにエリオの意図を察し、そういうことを口に出してはいけないと注意します。そこから二人の関係性が、がらりと音を立てて変わるんです。
ここからがせつない。
映画のちょうど中盤ぐらいなのかな。夏の陽光と美しい緑、真っ青な海を背景に、それまでずっと映し出されていた陽気で明るい笑い声に満ちた世界が、ほとんど二人だけを追って描かれるようになります。まわりの目を盗んで愛し合うほどに、離れがたくなる二人。
両親の知性を受け継ぎ、イタリア語、英語、フランス語に堪能で、ピアノの名手でもあるエリオ。
教授がわざと間違えて披露した学説をすぐに正した秀才のオリヴァー。
そんな二人の恋が、オリヴァーが滞在できる6週間という期限つきでカウントダウンを始めるのです。
嗚呼。
エリオがよくやるんです。オリヴァーの胸に頭をコツン。
エリオがオリヴァーを愛する気持ちが、この仕草にぜんぶ詰まっている。
人の目があるから、抱きしめることができないオリヴァーは、黙って胸だけ貸すんですよ。
あかん、書いてて泣けてきた。
1983年は、まだそんな時代でした。オリヴァーの父は厳格らしく、バレたら矯正施設に入れられると言う。そんな施設があったんですよ、アメリカに。"間違った”同性愛者を"正しい"異性愛者にするための"治療"施設が。
この映画の救いは、エリオの両親にあります。高い教養と人格を持った二人は、息子の恋を察してからも、何も言わずにあたたかい目で"秘密の関係"を見守ります。オリヴァーのインターン期間がいよいよ終わるというときには、若い恋人たちに気づかれぬよう粋な計らいをする。愛情に満ちた素晴らしい両親のおかげで、エリオとオリヴァーは二人きりのとびきり楽しい時を共有することができます。
終盤、父親がエリオに聞かせるセリフ、そのあと続く長回しのラストシーンで、こらえていた涙がこぼれ落ちました。見終わって入ったお風呂でも、湯船の中で散々泣いた。
「君の名前で僕を呼んで」とびきり美しくやるせない愛を描いた物語です。
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この映画は2017年に公開され大ヒットしたので、すでに見た方も多いでしょうね。世界中に多くの支持者がいるようで、ファンアートをたくさん見つけました。いくつか私の好きな作品を紹介します。
ソニー・ピクチャーズ韓国の作品として紹介されているイラストです。
POPなエゴン・シーレみたい。最高に好き!
huanGH64さんというハンドルネームの方が描かれた作品。
せつなさが詰まり過ぎてせつない。(日本語)
手を引かれるオリヴァーのぼんやりした表情もたまらん。
The New Yorkerの映画紹介記事に挿絵として載っているイラストです。
二人はどこへ行くにも自転車なんですよ。
海から吹いてくる風が、彼らのシャツをふくらませる。大切なデートのひとときです。
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この映画は、小説が元になっています。
アメリカの作家、アンドレ・アシマンが書いた"Call me by your name"。
映画を見終わったあと、エリオとオリヴァーの「その後」を想像していたんですよ、私。あの夏から15年経った1998年。エリオ32歳、オリヴァー39歳。
翌年の99年にカリフォルニア州で「登録制パートナーシップ法」が制定されたそうで、西海岸のどこかのゲイバーで二人がばったり再会することがあるかもしれない。あの夏の思い出をなつかしく語り合ったり、お互いの近況を報告し合ったりするうちに恋心が再燃し、逢瀬を重ねるようになった二人は・・・なあんて勝手な筋書きを作って自分を慰めていたんですが、なんと!小説には実際に、続編があるというではないですか!
しかも。
続編の第1章の主人公はエリオの父親で、若い女性との運命的な恋物語が綴られているという。
映画の中でいつもくっついて離れなかった美しい奥さんと離婚しとった。
衝撃。
2冊とも買って、いま読み始めたところです。
びっくりするわ。
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あとね。完全に蛇足ですが、パロディ映画を見つけてしまいました。
これ、紹介しようか迷ったけど、主役である家政婦役の女優さんが「監督もスタッフも映画のファンだからこそ作ったの!」とコメントに書いてたから、善意のパロディ作品としてシェアします。
5分弱の短い作品。エリオとオリヴァーの名シーン(?)を家政婦目線でいくつか再現してあります。
オリジナルであれだけ泣いたのに、このパロディで爆笑した。
"Call me by your name"ならぬ、"Call me by your MAID"
決して本編の前には見ないでください。
この作品のイメージポスターがこちら。
ひどい。(嫌いじゃない)