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(無料)シン・歯科医/連れて行かれた向う側
きのう歯医者に行ってきた。実に5年ぶり。右の奥歯に痛みが出て夜もジンジン疼くので、近所の歯医者に電話して急遽予約を取ったのだ。
予約が取れたのは電話した日から5日後だったのだけど、その5日の間にあろうことか右奥歯の痛みがすっかり引いてしまっていた。腫れていた歯茎も元通り。
めでたいには違いないが、こちとら歯医者を予約済みである。何ともない歯を見せるなんて、患者としての私の面目が立たないではないか。
受付で渡された問診票に、私はそのままを書かざるを得なかった。
「今日はどうされましたか?」
・どこが?:右下の奥歯
・どのように?:痛みがあり、歯茎も腫れている。
・いつから?:一週間前(いまは痛みも腫れもない)
最後の一文に医師が怪訝そうな顔をした。診察椅子に寝そべった私の口の中、右下の奥歯を念入りに調べながら、
「全然何ともありませんね」
「ほーらんれす」(そうなんです)
「不思議ですね…」
「あい」
歯茎の内側ではなく外側が腫れていたと言うと、風邪か何かのウィルスが入ったのかもしれないけどよくわかりませんねと先生の歯切れも悪く、ちょっと残念そうな表情を隠さなかった。
私だって残念だ。見事に腫れ上がったほっぺを見せて、
「おやおや、これは!」
と先生に腕を奮ってほしかったのに。
しかし落胆するには及ばない。痛みが引いたにも関わらず予約を取り消さずにここまで来たのには、それ相応のワケがある。私の歯の不具合は、何も右下の奥歯だけに限らないのだ。
5年前、私は別の歯医者に通っていた。健康オタクの母におどかされて急に歯の健康維持に目覚め、歯石を取ってもらったり、虫歯になりそうな箇所の予防治療をしてもらったりしていたのだ。ところが突然のコロナで、行くのをぴたりとやめてしまった。
溜まりゆく歯石や虫歯予備軍など、自分の口の中のことは常に気になっていたけれど、通院する習慣をなくした途端、腰がずんと重くなった。元が病院嫌いである。
コロナが明けても通りすがりに歯医者の看板を見上げるばかり。もう少し暖かくなったら行こう、もうちょっと涼しくなったら行こうと季節を先延ばしにしている間に、2025年になった。
痛みは人を動かす。5年前通っていたのとは違う歯医者の評判が良いと、人づてに聞いていたこともあり、すぐさまそちらを予約した。やっと歯医者に行ける。私は治療してもらう気満々だったのだ。
私の右下の奥歯は親知らずで、大変立派な歯なのだが、縦ではなく横向きに生えている。つまり、その前にある歯の側面に頭突きをするように、90度の角度で奥から生えているのだ。
もう痛くも何ともない歯ではあるが念の為、と撮られたレントゲン写真を見ながら、腕が良いと評判の医師はこう言った。
「横向きに生えている親知らずは虫歯になりやすいので本来抜いたほうがいいんですが、見る限り悪いところはないのでこのままでいいでしょう」
この医師は信頼できる! と私は思った。
歯医者なら抜歯をしたいはず。歯茎に細い針で麻酔注射を打ったり、立派な歯をペンチで引っこ抜いたりしたいはずだ。
もう20年も前になるが、私の左下の親知らずが虫歯になった。やはり横向きに生えており、抜くしかないと言われた。いつもは親子二人でやっている小さな個人医院だったが、抜歯当日はどこから集まったのか5、6人の若い医師が私を取り囲み、血だらけの私の口内を熱心に見学して帰ったという経験がある。
余談だが、私は若い医師の勉強のために己の体を差し出すのには何の抵抗もなく、頼まれれば二つ返事でOKする。
10年前は体内で1.3キロまで育った子宮筋腫を摘出されるのに、そこまで巨大な筋腫はレアだからと、手術当日数えきれない人数の医師の卵から、口内どころか腹の中まで見学されたことがあった。患者Aとして私の症例が役立っていれば幸いだ。
さて、信頼できる新たな歯科医をゲットした私は、ほかに気になる3つの箇所を治してもらうため、この医院に通うことになった。5年前に通っていた医院もむやみに抜歯を勧めなかったから良い医師だったと思うけど、なんとなく新しい医師のほうが私とのフィーリングがよさそうな気がする。メガネの上からかけた拡大鏡に映る巨大な目に、どことなく人柄の良さを感じるのだ。
病院嫌いのくせに医師には興味津々の私。先生を見学するのを楽しみに、真面目に通院しようと思う。
(ここから先は、この医院にまつわるこぼれ話を書きます)
最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。