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「ミドリさんの傘」 #同じテーマで小説を書こう

「やあ」と声をかけると、ミドリさんは少し驚いて僕を見上げた。腰かけていたバナナから降りると、僕に向かってほほえんだ。
「雨ですね」と僕は言う。ミドリさんはキッチンの窓まで近づき、しばらく外を眺めて言った。「まだ降りそうね」
ええ、と僕はうなずき、窓を伝う雨のしずくを見つめる彼女の、ちいさな横顔をだまって眺めた。

はじめてミドリさんの姿を見た日も、雨がざあざあ降っていた。2月の冷たい雨だった。ちょこんと座って膝を抱え、キッチンのタイルにもたれてぼんやりしていた。僕と目が合い、「あら」と言った。すくっと立って僕に向かうと、「こんにちは」だったか「はじめまして」だったか、そんな挨拶をしてほほえんだ。
「よく降るわね」「そうですね」
花柄の薄いワンピースが、僕の目にたよりなく映った。
「寒くないんですか?」
「いいえ、ちっとも」
ミドリさんはほほえみながら首を振った。揺れる髪が綿のようだった。綿の花の精かもしれない。そんなことを僕は思った。

「サラダを作るの?」
窓を流れるしずくを見ていたミドリさんが、ふりかえって僕に訊いた。ミドリさんが縁に手をかけ覗きこんだザルの中に、洗って小房に切ったブロッコリーが盛ってあった。
「いえ、パスタです。ツナと一緒に炒めます」
「おいしそう」とミドリさんが言った。
「少し食べてみますか?」
ミドリさんは笑って首を振った。僕も笑った。

「ねえ」と彼女が僕を見上げた。「これ、わたしにくれない?」
とても小さなブロッコリーの房を、彼女の両手が持ち上げた。
「いいけど、それをどうするんですか?」
彼女は細い茎を片手に持つと、小房を自分の頭の上へかかげた。
「一度さしてみたかったの」
キッチンの窓の外を、黄色い傘をさした女の子が通りすぎていった。雨のしずくがおもわせぶりに、伝い落ちる。ブロッコリーの小房を肩の上に抱えながら、ミドリさんは満足そうにちいさな目を細めた。


杉本しほさんの企画に寄せて書きました。テーマがおもしろい。

本日4月18日の投稿で募集されています。遅れてもいいそうですよ〜。

最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。