マンチェスターシティvsアーセナル/プレミア頂上決戦の果て
第1章 シティの攻撃 ~賢者は歴史に学ぶ~
■1年前の教訓
1年前、サンティアゴ・ベルナベウで失意の奈落に落とされたペップ。ペップがシティで築き上げた最強チームは、レアル・マドリードの前にカモフラージュしていた影を見事に暴かれてしまった。
フォーデンを最前線に配置したゼロトップ。カンセロによる偽SBの戦術的進化。この姿がペップの傑作だった。しかし、このシステムには致命的な欠陥が隠されていた。
この欠陥は格下及び同等の力を持つ相手ならばバレることはないだろう。事実、このシステムのシティはプレミアリーグではリバプールとの激闘の末に制していれば、CLでもベルナベウでの85分までは完璧なプランを遂行していたからだ。
このシステムの欠点。それは、決定的な得点源不在により、チーム全体が押し上げなければならないということ。少しでもラインを下げればチームフィロソフィはおろか、プランの遂行もままならなくなる。勝負処での攻守分業ができない。オフェンスに全振りしなくてはチームが成り立たないのだ。
後半ロスタイムによるロドリゴの2発。まだタイに追いつかれただけだが、シティには体力が残っていなかった。百戦錬磨のレアル・マドリード相手に、完璧だったはずのシステムは脆さを露呈することとなった。
■ハーランドと4人のDF
頂点を掴めなかった反省から、ハーランドの獲得と4人のDFを最後尾に置く攻守分業を機能させたことで、さらなる進化と攻守の隙なし完璧なシステムを構築した。
シティの分業化されたビルドアップ。それは、後方4人と中盤2人で起こす疑似カウンター。
6人のビルドアップ隊と、迎え撃つアーセナルは前5人。シティは数的優位の立ち位置でボールを握る。ハーランドというゴールモンスターに届けるためだ。
第2章 アーセナルの守備 ~圧倒的戦力への対抗策~
■オフェンスへの全振り
久しいプレミア制覇へ。アーセナルの見せた戦いは答えがシンプルなものだ。
「オフェンスへの全振り」
昨年のシティが見せていたコンセプト。ジンチェンコによる偽SB、ジェズスが最前線の軸"偽9番"としての役割。その姿はまるで昨年のシティと似ている。ホワイトや冨安をSBとして使う分業化もオプションとしては可能ではあるが、負傷者続出によりやれることはただ1つ。アグレッシブに戦うことだけだ。
冨安だけではなく、守備範囲の広いサリバもいない最終ラインの負担を考えればアーセナルがやるべき守備はハイプレスによる即時奪還だ。シティが4バックと中盤のロドリ、ギュンドアンを交えた6人で形成するビルドアップに対し、アーセナルはジェズスを含めた前5人。DFでありながらゲームメイクにキープ力の高さを誇るシティの戦力に対し、数的優位で向かい打たなければ勝機はない。
トーマスを上げ、数的同数で迎え撃つ。
■嵌められたプレス
しかしそれは、シティがアーセナル相手に放っていたエサだった。ハーランドのいるシティは攻撃に全振りする必要がない。数的同数であれば、例えアバウトなボールでも前線でハーランドは納めてくれる。実際の先制点は、トーマスがリスクを犯して飛び出た中盤に、シティが直接放り込みハーランドとデブライネで攻略したものだった。
前から来ることは既に読まれてたかのように、ペップにハイプレスを攻略されるアーセナル。いきなり出鼻を挫かれるスタートとなる。
第3章 シティの速攻~疾風怒濤~
■パワーで優位を保つ
アーセナルが数的同数に合わせてハイプレスを仕掛けてくることで、トーマスが不在の後方部隊では、シティはハーランドがCB2枚を相手。ここでフィジカル的に優位を出すことで数的不利を覆すことができれば、デブライネが浮く。状況としては「2vs1(ハーランドが抑える前提)+1」を作ることができれば、実質デブライネが浮いた存在となり、速攻の起点になる。
質的に上回れなければ数で対処するほかはない。サイドを捨ててでもホワイトが内側に寄れば、今度はグリーリッシュが空く。シティはハーランドの存在だけでデブライネとグリーリッシュの2枚を浮かせることができる。
第4章 アーセナルの遅攻の問題~目の前で起きるデジャヴ~
■攻め切れぬポゼッション、押されるポゼッション
アーセナルの明るみに出た欠点は、まさに1年前のシティと同じだった。アルテタの構造上、可変システムの代償となるトランジション、ポジショナル(秩序)を保つためのハイプレス、背後の広大なスペースのケア。これらの問題を抱えながらポゼッションをするためには、数的、質的、位置的。ポジショナルプレーに求められる優位性を高いレベルで表現しなければならない。シティが、それに限りなく近いクオリティを見せておきながら世界の頂点に立てなかったように、アーセナルはそれを、シティ相手に露呈した。
アーセナルの突破口である両ウイング、サカとマルティネッリに高い位置でボールを受けてもらう。相手からすれば、ここを封じさえすれば突破口を消すことを意味するのだが、同じ手を使っていたシティが消し方を分からないわけがない。
シティのビルドアップは、通常は3-2で構成される。SBをサイドに張らせない。これはペップがバルセロナからバイエルンと通じてきた一貫した哲学。しかしこの試合ではSBを張らせていた。
表現として正しいのは、ビルドアップのために張らせたのでなく、存在を消すために張らせた。マッチアップするサカとマルティネッリ共々と道連れするために。
ウイングにプレスすら参加させずにゲームから消す。綱渡りのようなトランジションの恐怖と隣り合わせのアーセナル。つまりはトランジションからウイングは機能不全に陥っていた。
ハーランドの恐怖と真っ向からぶつからなくてはならないホワイトはサカへのサポートに間に合うわけがなく、インサイドでのプレーが得意なジンチェンコも、サイドでは孤立状態が続く。ジェズスはウイングで起点を作れない以上中盤に下りてこざるを得ないし、頼みのウーデゴールも今のシティでもっとも堅いエリアでたった1人で打開するには至らず。次第にアーセナルのポゼッションはシティのプレスの前に圧せられ、サイドでイニシアチブを握られると簡単に取り返すことのできない辺りは、まるで1年前のベルナベウで見せたシティそのものだった。
第5章 “グアルディオラ”と書いて“マジ”と読む~最高のキャスティング~
■強者としてのエンディング
ポジショナルプレー、攻守の一体化には、あらゆる優位性を保つことができない限り、莫大なリスクが身に降りかかってくることを忘れてはいけない。ペップは、バルサでもバイエルンでもシティでも、常に強者であり続けた。ポジショナルプレーにおける多大なリスクを最小限に留めることに長けており、またその部分に最大限の労力を捧げた。おかげで頭皮を犠牲にしたが、年々ブラッシュアップすることに成功させているのは、ペップが強者であり続けている所以だろう。
しかしそれにも限度が来た。ペップは、バルサでの2010/2011以来、1度もCLを制していない。バイエルンでは毎年ベスト4に進んだ。シティでは1度ファイナルまで駒を進めた。しかしビッグイヤーを掲げたことはない。攻守を一体化するのもいいが、ビッグイヤーを勝ち取るためにはある程度の分業化も必要なのだ。
■サッカー史上最強チームへ
幸運なことに、シティにはハーランドがいれば、最終ラインにはルベン・ディアスにアカンジといった守備に長けたタイプが揃っている。タレントは十分に揃っている。あとは誰をチョイスするかだけだ。
アーセナルを倒し、プレミアを逆転制覇するためには直接叩くしかない。そのゲームに、見事に各々が役割を果たし、最高の内容でゲームクローズできた。ハーランドは存在だけで圧倒的優位性を生み出し、デブライネはフィニッシュをしっかり仕留めた。アカンジとウォーカーはアーセナルという生き物を機能不全にした立役者ともいえるだろう。
今季一のプレミア頂上決戦にふさわしい準備。プランにキャスティング。プレミア勢初の3冠は射程圏内だ。