最新戦術トレンド part2 「対5レーン 対面構築」/5レーンに立ち向かう者、5レーンに挑む者
チャレンジャー
前回は「4人目のMF」を紹介しました。今回は「対5レーン 対面構築」を紹介します。
VS 5レーン
■5レーンに立ち向かう者
前回の軽~い復習にもなりますが、5レーンが言語化されて意識するようになったきっかけがペップ・バイエルンです。
明確に5レーンにピッチを分けてトライアングルを複数形成し、ロベリーという最強のウインガーに締めてもらう。
バルサにおけるメッシが、バイエルンにとってはロベリーであって、ココを活かさずしてどうするんだ!なんですよね。この時の5レーンは、ロベリーを活かすことと、それに伴うリスクを最小限にする守備的な狙いが主でした。
2016年。プレミアリーグが革命を起こします。ありとあらゆる名将が一斉にイングランドに上陸しました。
ポジショナルプレーとして、更なる戦術的言語化された5レーン理論は、このシティ時代からになるでしょう。最強を作り続けるペップに対して、この「vs5レーン」は全てのチームの頭を悩ませる問題となりました。
この5レーンに対して、真っ向から挑んだチャレンジャーがいます。前年となった2015/2016はその流れの源流に近かったかもしれません。
このシーズン、4-4-2の守備システムがちょっとはやります。ディエゴ・シメオネのアトレティコとプレミアで旋風を巻き起こしたクラウディオ・ラニエリのレスター。この両チームの守備は、徐々に浸透しつつあった5レーンに対して、4バック+1として中盤を1枚落とす。疑似的に5バック化してレスターはプレミアを制し、アトレティコはCLファイナリストにまでなりました。
4-4-2は、直接5レーンを叩いたわけではないですが、抵抗策の1つとして採用されてます。この5枚目が存在するかがポイントとなりますが、この後に5レーンを直接殴った強者が存在します。
その第1人者がアントニオ・コンテ。
ペップと同じくしてイングランドに上陸したコンテは、この年のプレミアでチェルシーを率いて優勝しています。
当初は十八番でもあった4-3-3(4-2-4の可変)を採用してましたが、これが上手くいかず3-4-2-1にシステム変更したとたん勝ちだしてペップを悔しがらせる(ちなみにペップの監督キャリアの中で唯一無冠に終わったシーズン)。
基本フォーメーション。優勝した年より、バカヨコを獲った翌シーズンの方が「vs5レーン構築」には完成形に近いような気もしたのでこちらで。
特徴的なのがWBにウインガーのヴィクター・モーゼスを置いていること。
この前のW杯で日本がWBに伊東純也と三笘薫といったウインガーにWBやらせて5バック作った流れと同じです。5レーンに対抗するのに重要なのが「レーンを封鎖すること」そして「ポジトラで即効カウンターに入れるか」です。
5レーンは、人数を掛けて攻めなくてはなりません。かなりのリスクを背負った状態で攻めてくるので、奪ってしまえば一気に相手ゴールまで運ぶことができます。なので、モーゼスでもよかったのはレーンを埋めるだけでいいのと、元は攻撃の選手なのでカウンターを発動する上で超有効なカードだから。
5バック化したら、とにかくレーンは抑える。そしてもう1つがボランチの守備力。カンテとバカヨコならばカバーも対人も簡単に負けることはないです。
そして奪ったら、ボランチを飛ばして一気に前線へ。
5トップ化することで一気に相手ゴールに襲い掛かる。そして被カウンターが怖いので、5人はレーンを埋める意味でも最後尾に残る。これが徹底していたのがコンテチェルシー。5レーンに対して真っ向からぶつかったチームです。
■5レーンを封鎖できた男
コンテが5レーンに対して攻守において真っ向から勝負に挑んだ男ですが、5レーンを封鎖できた男は別にいます。コンテにペップと時を同じくしてプレミアに上陸してワトフォードの監督に就任したワルテル・マッツァーリです。
コンテよりも前に5バック化する3-4-2-1を採用。ナポリでまずは花開きましたね。その後はインテルの監督に。インテルではほとんど上手くいきませんでしたが、ナポリの時と違うのがWBに対する守備の比重が重すぎたので、前線の2シャドーと1トップの力が強くないと押し上げられないこと。ナポリを率いていた時は、最前線にエディソン・カバーニ、シャドーにマレク・ハムシクとエセキエル・ラベッシがいましたが、この時のインテルは暗黒期だったので前線にパワーがなく押し返されてしまった。
ただ、マッツァーリがみせた5バック化の守備は、当時は5レーンの言語化こそありませんでしたが、ポジショナルプレー攻略のヒントになります。
ワトフォードでも結果は残せませんでしたが、インテルに関しては、直接的な影響こそ残ってはいないにしろ、5レーン封鎖は室井さんにはできなくてもマッツァーリにはできました。
インテルのことを言うと、後に監督就任するコンテも流れと言えばこの流れに沿ってはいますが、「vs5レーン」を攻守において進化させたのがそれこそインテルの昨シーズンです。シモーネ・インザーギのインテル。
インザーギの昨シーズンがこちら。
この3-1-4-2が守備時はセオリー通り5バックなんですが、
中盤3枚は横滑りでスライドする。
ポジトラ時は、奪ったサイドとは逆サイのWBが高い位置を獲ってそこで仕留める。出発点はブロゾヴィッチ。
コンテチェルシーやマッツァーリと違うのが、中盤に守備者というより展開できる選手を配置した上でカバーが徹底できているところ。コンテはインザーギの前にインテルでやってはいますが、コンテあるあるとして国内では勝てるのにCLとか欧州の舞台は微妙というのがあるのは、攻撃と守備どちらかに編重しているというところですね。今のインテルの場合、進化版5レーン封じは、ポジトラまでを計算に含めた人選にリスクをどれだけ最小限に抑えられるか。ですね、うん。
ここまでが5レーンに対する対抗策です。これはトレンドにもなりつつありながら、既に確立されてもいる戦術です。
ここで次の問題になります。この5レーン対策に対する対策はどうか。続いては5レーン対策に対する攻撃です。
対策に対する対策
■対面構築
かつてのメッシのゼロトップは、2CBに対して有効な手段でありました。どちらか1人がついていくと中央のスペースを残った1人がカバーしなくてはならない。ついていかないと中盤で数的優位作られて無限パス回しされる。
このバルセロナ対策として、あるチームが1つの策を出しました。2011年クラブワールドカップ決勝でバルサと対峙したサントスです。
サントスが打ち出したのが、これまでの4バックではなくメッシについていってもカバーできる人数確保がある3バック。1人ついていっても2人は残る。これがサントスの打ち出したバルサ攻略の策でした。
これに対するバルサの策は、メッシは引かず5バックになるサントス守備陣を3トップでピン止めする。サントスの誤算は、メッシが引かなかったこと。
メッシが落ちること前提のシステムの穴でしたね。そのメッシが落ちなかったことで5バックが機能しなかった。
5レーン封鎖に対する策に、ゼロトップは大した効果はないです。それは、相手3CBに問題を与えることができないのと、中盤の数的優位を活かすことができなくなるということ。
シティが21/22にフィル・フォーデンのゼロトップで最終進化を果たしたと思われました。ところが、実態はそうでもなく結局は欧州タイトルも取ることができなかった。
確かにフォーデンのゼロトップはシティの究極のフォーメーションです。極限まで高めたボールポゼッションはどのチームでも恐怖を与えられた。しかし、5レーンを封鎖する術が存在する今において、封鎖する相手に真っ向から立ち向かわなくてはならなかった。そこで獲得したハーランドは、いわばシティのポジショナルプレーにおける進化よりもマイナーチェンジです。これまで築いてきたポジショナルプレーの色をだけを変えてきた。おそらく今季はここをベースに進化を果たしていくでしょう。
5レーンを封鎖して待ち構えてくる相手に、最も有効な手段は何か。6トップになって攻めにかかるのは非現実的です。ピッチ上の半分を襲い掛からせるとカウンターを受け止められない。そこで、ならばそれぞれのレーンに対面構築できる図式を作ろうではないか。これがvs5レーン守備崩落作戦です。
5レーンを構築したが故に、5レーンを利用した守備からカウンターまでの流れが作られ、かえって5レーンが敵と化したペップ。この自らが作り出した5レーンを再びわがものにするならばと、直接1対1で殴りに掛かろうぜ。これが進化の第1段階です。
■5レーンに挑む者
5レーンを封鎖しに来る相手に対しての5レーン対面構築を実際に見ていきます。この前のジャパンツアーバイエルン戦です。
局面的に5トップ、5レーンに1人ずつ配置。ここからバイエルン守備陣を破壊していく。
大外ハーランドにバイエルンSBが行く、するとハーフスペースが空いてそこにリコ・ルイスが突っ込む、中央はCB2枚をピン止め中、
リコ・ルイスに出る、やっとバイエルンは「やべ~ぞ」とプレス。ここで中央は1対1、逆サイは1人で2人を見なくてはならない、
リコ・ルイスがハーフスペース突っ込んできた、バイエルンは絞らざるを得ない、だいぶマークがズレるからプルアウェイでフリーになれる、
もう得点は時間の問題でした、ここに完結。
5レーンに1人ずつ置いて対面構築すると、当然ですけど1つのレーンを攻略するだけで一気にマークがズレる。これまでは3トップだけだったんですよね。これで5バックはピン止めこそできましたけど、時代が流れることによってゼロトップの効果が無くなってきたのと、相手CBにビルドアップ能力が身に着いたことによる、トランジション時に逆転現象の数的不利に陥ってカウンターを封じられない(3トップに対して5バックでピン止めできても、奪われた瞬間、この人数では形勢逆転される)。実は攻守において多数の問題を抱えることとなります。これに対してのペップの解答が5レーン守備に対してはそれぞれに人を配置して対面でお互い殴らせるですね。
もう一丁、今度はシティマリノス戦から
■5トップアタックによるラインブレイクから「フィニッシャー・ロドリ」
今の局面は、手前にもう1人いますが4トップ状態です。
スルスルっとロドリが入る。
ロドリが前を向く。この局面でロドリ含めて5トップ。
ハーランドがラインブレイク、ズルズル下がるマリノス守備陣に対してロドリは、
フィニッシュ。
ロドリのフィニッシャーとしての役割は、5トップによる対面構築したことによるラインブレイクで数的同数の最終ラインを押し下げること。それによって生まれるスペースにフィニッシャーとして関わる。
これはCLファイナルでも同様で、
5バックに対して5トップの同数で対面構築。ここでラインブレイクする。
ラインブレイクした、ここで一気に最終ラインを押し下げる、
狙い通りニアゾーンが空いて、
ロドリフィニッシュ。
5バック化して5レーンを封鎖する術は、7,8年前から存在したことは紹介しました。ですが、ここまでペップが敵と化した5レーン相手に対策の対策をしなくてはならないのは、特にインザーギがやってきた5レーン封鎖からのシームレス化されたポジトラによる一瞬のカウンター攻撃。5レーン守備はこのポジトラまでがセットです。なので「シモーネ、ピッポよりすごいじゃん!!」と言えるんですけど、5レーンを埋めてくる相手には人数を掛けなくてはなりません。そのリスクと引き換えに相手のポジトラを警戒しつつビビりながら攻めなくてはならないのはポゼッションする意味がない。CL決勝では、このインテルのシステム相手にだいぶポゼッションでビビっていました。次のフェーズに移るためにはこの5レーンを攻略しなくてはならない。そこで本格的に5トップ化しての対面構築に打って出たのです。攻め切るためのフィニッシャー・ロドリです。
クロップの対策に対する対策に対する対策
■結果的に5レーンに挑戦することとなったリバプール
例外的に、回りまわって1周したことが結果的に5レーンに挑戦することが解決策にたどり着く例もあります。それがリバプール。
クロップは物理的に5レーンに挑んできました。
ドルトムント時代からペップバイエルンに対して真っ向から勝負してきました。ただこれは、「vs5レーン」というよりバイエルンという組織をターゲットにしたのであって、5レーンの攻略していたというわけではなかったのです。
しかし、こういったポジショナルプレーを相手としたプレッシングに関してはどこよりも先に解決策を練っていたわけで、一足先に独自開発でプレッシングを完成させていました。
ところが、今宵のペップみたいに5レーン封じに対する対策を練られたことでその対策をしなくてはならなくなった。そこでリバプールが新たに挑戦したのが「自らも5レーンやる!!」です。
■ポジショナルプレーを始めるきっかけ
昨シーズンのリバプールですが、マネいなくなった中盤の世代交代などでちょっと苦しいシーズンではありました。もちろん、ポジショナルプレーを始めるキッカケは本当はもう少し前にあって、チアゴ・アルカンタラ獲得などいろいろあるわけなのですが、この時に非常に問題となることがありまして、それが「アレクサンダー=アーノルドの守備、ヤバくね?」問題。カウンタースタイルだったらいいんですよ。前から行く分、強味を出しやすいんで。なんですけどポゼッションの場合はカウンター対応で苦しめられる。
ポゼッションやると苦しむ理由が、ボールを保持することがかえってラインを上げてカウンターリスクを生む。それがアーノルドを苦しめる。疑似カウンターで三笘にチンチンにされるなど、サイドのカウンターケアはだいぶ苦戦していました。
クロップが打ち出したアーノルドの策が偽SB化。ただこの偽SBにはチームとして大きな問題があって、右ウイングのサラーとの補完関係的にバランスが悪すぎる。
つまりこういうことです↓
右ハーフスペースが大渋滞する。
右SBがハーフスペースに入るときは右ウイングが大外に張るものなのですが、サラーが大外に張ることがチーム一番の得点源をゴールから遠ざけていいものなのか。この問題に辿り着きます。
今まではサラーが内側に入ってアーノルドが大外。これが機能していたんですが、それはあくまでも5レーン対策の時の話であって、その対策に対する対策を考えたときに、守備に不安あるアーノルドを高めの配置にするより内側に配置させてポゼッションを安定させる、アーノルドにすぐ帰還させられる位置取りにできるという大きなメリットがあります。こことサラーとの補完関係的なところを詰めなければならない。
最終的には
インテリオールに入るハーヴェイ・エリオットに大外を回ってもらいバランスを保つことが問題解決の1つになりました。
5レーンを封じてくる相手に対するリバプールの解答が、アーノルドの偽SB化、もしくはアーノルドの中盤化にあって、ハーフスペースからボールを前線にピンポイントに配給するその姿はデブライネです。
特に今季のリバプールは中盤をそれまでのファイター揃いから、テクニシャン揃いに一掃しました。
まずは新10番でブライトンから加入したアレクシス・マクアリスター
そしてライプツィヒからハンガリー代表のドミニク・ソボスライ。
アンカーのファビーニョにヘンダーソンがサウジに移籍したことで、アンカー候補に一気に名乗りを上げたアーノルド。イングランド代表でも10番着けて使われていたので、マジでありえそう。
もともとプレッシングサッカーをやっていたリバプールが、回りまわってのポジショナルプレーにたどり着いたわけなので、作り上げたプレッシングと組み合わせれば前より良くなるんじゃないか?そのキーマンは66番を着ける男。
次回予告
最新戦術トレンドpart3。「CB化するSB」