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死花-第2話-⑥
「………ん。」
朝。
カーテンから漏れる光に促され目覚めると、ベッドの下に敷かれた布団の中に、既に真嗣の姿はなかった。
「なんや…早いやん…」
大きく欠伸をして階下に降りてみたが、食事の用意もなければ、真嗣の姿もない。
あるのは、テーブルに置かれた一枚のメモと車のキー。
-…横浜へ行ってきます。帰宅は深夜。車は自由に。真嗣-
「なんや。急に横浜て…家族になんかあったんか?」
家族と横浜に住んでいたと聞いていた為、真っ先に不幸でもあったかと考えたが、夜には帰ると書いてあるので、さほど大した用事でもないのかもしれない。
そんな事を考えながら、冷蔵庫から牛乳を取り出し、飲み口から一気に呷ると、スマホの通知音が小さく鳴る。
-おはよう-
短い挨拶だけが書かれた絢音からのメールを見るなり、藤次は彼女に電話をする。
「おはよ。よう寝れたか?」
出来るだけ昨日の事を悟られないように、平静を保って口を開いてみたが、応答はない。
「絢音?どないした?」
聞いても、返事は返って来ない。
寝起きでまだ意識がはっきりしてないのかと思い、一旦電話を切ろうとしたら、掠れた声が受話器から聞こえた。
「もう…会わない方が…いいから…」
「…………」
受話器から聞こえる嗚咽混じりの泣き声に、藤次は溜め息を吐き、冷蔵庫を閉めてそこに寄りかかる。
「昨日…ワシに好きや言うてくれたんは、嘘やったんか?」
腕を組み、なるだけ優しく、嗜めるようにそう伝えると、泣きじゃくる声がより強くなるので、藤次は更に溜め息を重ねる。
「お前が何言うても、ワシは、あんな事くらいで別れる気ぃはないで?」
「でも…」
「好きや。」
一言一句はっきりと口にして、自分の気持ちに揺らぎのない事を伝える。
「何遍言うたら、分かってもらえるんや?ワシは、お前が好きや。昨日は、我慢できへんかったワシが悪いんや。せやからもう、泣きなや。」
「…ごめ…ごめん…なさい。…でも、あたし…」
「何度も言わせんな!ワシは別れる気ぃはない!お前が好きなんや!これ以上、何が欲しいねん…!」
優しく優しくと思っていたが、絢音の煮え切らない態度に苛立ち、思わず声を上げてしまい、藤次はしまったと後悔する。
「ごめんなさい…」
それでもメソメソと泣きじゃくる絢音に、藤次はもう一度優しく囁く。
「謝らんでエエから、代わりに聞かせて?絢音は、ワシの事、好きか?」
「……好き。大好き。」
その言葉に、藤次は嬉しそうに微笑み、優しく言葉を紡ぐ。
「ほんなら、それでエエやん?好きなモン同士が、何で別れんにゃならんねん。お前と一緒におれたら、ワシはそれでエエから。前にも言うたやろ?もう、お前のおらへん日常、耐えられへんて…」
「藤次さん…」
「シャワー浴びるから、切るで?直ぐ家行くさかい、そん時までに笑顔になっときや?ワシは、お前の笑顔が一番、好きやからな。」
そう言って電話を切ると、藤次は直ぐ様メール画面を開く。
-行きたいとこ、好きなこと、食べたいモン、いっぱい考えとき。1日で全部は無理やけど、叶えたるから-
送信済みの画面を一瞥して、藤次はスマホをテーブルに置くと、脱衣所へと向かった。
届いたメールをぼんやり見つめる絢音。
一番叶えて欲しい事…
ずっと、子供の頃から夢見てた事をそっと打ち込んでみたが、ややまって、それを削除する。
「無理だよ…あたしに…そんな資格ない…」
ポロポロと涙が溢れてきたが、藤次の言葉がそれを拭う。
「(お前の笑顔が一番、好きやからな。)」
「藤次さん……」
大事な大事な、失いたくない人。
なによりも大切な…愛おしい人。
もうこれ以上、傷つけたくない。
涙で濡れた頬をパンと叩いて気合いを入れると、絢音は顔を洗う為、洗面所へ向かった