海の花〜第6話〜
…それから週末、私は隆………
………
う、うーん、
慣れない。
今までタカちゃんだったんだもん。いきなり隆って呼べって言われても無理だよ。
ま、まあ、そんなことはさておき、私は彼氏になったタカちゃんと、宮島の水族館に来てた。
イルカショーを見て、はつこい庵と言う鯉や金魚が揺らめくブースに行くと、タカちゃんが言う。
「この水槽の中に、幸せのハートマークが付いた鯉がいるってよ。」
「えっ!?ホント!!どこどこ?!」
「そんなに簡単に見つかるかよ。ウヨウヨ動いてて、探しづらいし…………あ。」
不意に、タカちゃんがスマホを取り出し、何かを撮影する。
「な、なになに?!見つけたの?!!」
「おう!ほら、これ!黒のハート!!」
差し出されたスマホには、ハート形の鱗が可愛い鯉の姿。
可愛い!!
タカちゃんにねだって、画像を分けてもらい、ホクホク顔でそこを後にすると、不意にタカちゃんに手を握られる。
「タカちゃん?」
どうしたのと顔を見上げると、タカちゃんは真面目な顔で私を見つめていたから、ドキッと胸が高鳴る。
「…実は、今日ここに、宿取ってんだ。で、そろそろチェックインの時間なんだけど…」
「え…そんな、困るよ。私、何にも用意してない。着替えだって…」
「それなら、予め部下に用意させた中から、選んでくれれば良いから、だから…」
ギュッと、タカちゃんに更に強く手を握られる。
って言うか…
「タカちゃん…部下って、そんなに偉い人に、なったの?」
問う私に、タカちゃんはポケットから金色の小さなバッチを取り出す。
中央に天秤のマークが彫られたバッチ…
これって…たしか…
「奨学金とある人の支援で、なった。むっちゃ頑張ってだけどな。今、弁護士やってんだ。俺…」
「う、ウッソだぁ〜!だって、いっつも算数で0点だったタカちゃんが弁護士なんて…だ、大体そのバッチだって、ネットかなんかで買って、おどかそうとしたんでしょ!騙されないんだから〜」
そう言って笑って見せると、タカちゃんは一枚のカードを示す。
「じゃあ、これから信じてくれる?日弁連が出してる、身分証。」
「えっ?」
不思議に思いながら、免許証サイズのカードを差し出されたので見ると、「ひまわりの中に秤」のマークと、タカちゃんの名前、登録番号と書かれた数字。先島弁護士事務所と、そこの住所らしきものが書いてあり、私は目を丸くする。
「な?本物だろ?なんなら先島先生に連絡するか?秋永隆は、そちらの弁護士ですかって…」
「い、いいよ!分かったよ!でも、信じられない。タカちゃんが弁護士なんて…私なんてしがない市役所職員だよ。成績は私が上だったのに…」
「だーから、めちゃくちゃ頑張ったっつてるだろ?…恩返ししたかったんだよ。その、支援してくれた人に…」
「…その人って、女の人?」
「!」
や、やだ…
わたしったら、またしょうもないヤキモチ…
口を押さえて、言ってしまったことを後悔するように俯いていたら、タカちゃんに頭を撫でられる。
「ちげーよ。熊みたいな毛むくじゃらの、オッサン。名前は、宮里寛治今も俺を養ってくれてる、恩人。」
「養うって、タカちゃんおじさんとおばさんは…?」
問う私を、タカちゃんは抱き締める。
「タカ…」
「その先が知りたかったら、ホテル…来てくれるか?」
「………わ、私…」
「ダメか?待つって言ったけど、俺、智枝が…」
「良い。」
「えっ?」
瞬くタカちゃんに、私は震えながらも笑いかける。
怖い…
確かに、タカちゃんと一緒に夜を過ごすのは…恋人同士が宿に泊まる意味と行為を、私は怖がってる。
でも、タカちゃんがここまでして、私を求めてくれるなら…もう、逃げない…
そう意思を伝えるように、踵を上げて、タカちゃんにキスをする。
「智枝…」
優しく抱かれて、うっとりとタカちゃん…隆の逞しくなった胸板に頬を寄せる。
「でも、一個だけ約束して。…優しく、してね?」
「ああ…分かった。好きだ…智枝。」
「…私も、好きよ。隆…」
そうして、もう一度キスをして、私と隆は、宿へと向かった。