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死花-第3話-⑥
-すまん。ちょお遅刻する。先にやっといてや。-
メールの画面を一瞥して、賢太郎は小さく溜め息をつく。
仕事ではキチンとした男だが、殊プライベートとなると途端にルーズになる。
藤次の悪い癖である。
時刻は18時55分。そろそろ真嗣も来る頃かなと、指定した居酒屋の前で待っていると、通りの方から見知った顔が現れる。
「ごめん楢山君。ちょっと遅れた。」
その言葉に、賢太郎は軽く微笑む。
「良いさ。棗の奴は遅刻だそうだから、先に2人で始めよう。」
「そう、なんだ…良かった…」
そう言って、ホッと胸を撫で下ろす真嗣の頭を、賢太郎は優しく撫でる。
「よく、頑張ったな…」
その言葉に、真嗣は涙を必死に堪えて笑う。
「…楢山君の言う通りだったよ?ちゃんと真剣に、応えてくれたんだ。アイツ…」
「そうか…」
結果は散々だったけどねと付け加える真嗣の話もそこそこ聞きながら、2人は店の中へと入る。
「飲めるんだろ?何にする?」
「うーん。ハイボールにしようかな?楢山君は?」
「俺も同じものにしようかな。ワインもあるのか…悩むな。」
メニュー表を見ながら思案すること数分、お互い飲みたいものとツマミを注文し、ネクタイを緩めて寛ぐ。
「藤次…遅いね。」
「そうだな…」
淡々と飲み続ける賢太郎に戸惑いながらも、真嗣はまだ来ぬ3人目の名前を口にしたのち、顔を俯ける。
「絢音さんと、いるのかな?」
「ああ…例の、棗と付き合ってる女性か…会ったことあるのか?」
「ううん。写真でだけ…でも、凄く綺麗で、優しい人なんだろうな…藤次にはもったいないよ。」
「まあ、美女と野獣だな。あの組み合わせは。」
「楢山君こそ、会ったことあるの?」
「いや。俺も写真だけさ。ま、アイツの口振りだと、近々会うことにはなるだろうな。」
「だろうね。」
頷き、真嗣はハイボールの入ったグラスに視線を落とす。
絢音と会う時、それはきっと…2人の…
「すまん!遅なってもうた!」
「!」
不意に背後から聞こえた藤次の声に、真嗣はビクリと肩を震わし振り返る。
見るとそこには、走って来たのか、息を弾ませ上着を小脇に抱えた…1か月ぶりに見る、愛しい人。
「遅い。1時間遅刻だ。」
「堪忍してや楢山。ちょお、出かけにバタバタしてん。そやし、ワシすぐ、帰らなあかんねん。」
とりあえず生と店員に伝えて、藤次は当たり前のように、真嗣の横に腰を下ろす。
「なんだ。来て早々野暮な事を言うな。」
不機嫌そうに言う賢太郎に、藤次は苦笑いを浮かべる。
「絢音…彼女がな、過呼吸発作起こしてん。慣れへん土地やから、不安やったみたいで…せやからホンマは、来るん止めよ思てんけど、気にせず行ってこい言うから来たんやけど…」
言ってる最中も、スマホをチラチラ見ている藤次。
あぁ…
変わってない。
この人は本当に、何事にも誠実で、真っ直ぐで…
大体お前はと、クダを巻き始めた賢太郎に辟易している藤次の横顔を見ながらそう思っていると、自然と口が、言葉を紡ぐ。
「行きなよ。藤次。」
「真嗣…」
ゆっくりと、自分に向く顔。
その複雑そうな表情に、真嗣はクスリと笑う。
「なんて顔してんだよ。もう、僕は大丈夫だから。もう、君から逃げないから。だから安心して、行きな?絢音さん、心配なんだろ?」
「真嗣…すまん!おおきに!」
「うん。」
自分に勢いよく頭を下げて謝る藤次。
大丈夫。もう、逃げない。
精一杯、気持ちをぶつけて、受け止めてくれた。
ならもう、後は…この人の幸せを、心から祝福したい。
「良かったのか?あれで…」
隣に置かれた、主人のいないビールを見つめている真嗣に賢太郎は問うと、彼はニコリと笑ってこう返す。
「付き合ってくれるんだろ?やけ酒2件目。」
その言葉に、賢太郎はクスリと笑い、グラスを掲げる。
「他ならぬ友人の頼みだ。付き合うよ。但し、お前の奢りでな?」
やだよ公務員と愚痴る真嗣の、何処か吹っ切れた清々しい表情に、賢太郎は安堵し、2人は夜が更けるまで、飲み明かした。