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なぜ横浜グリッツは東洋大学に敗れたのか~負けに不思議の負けはない~

 2024年12月5日~8日にかけて『第92回全日本アイスホッケー選手権大会』が行われ、HC栃木日光アイスバックスが2連覇を達成、クラブ4度目の優勝を果たした。
 そしてもうひとつ、今大会は東洋大学が大健闘の4位となり、注目された大会でもあった。
 東洋大学が準々決勝でアジアリーグ所属の横浜グリッツを破ったのだ。
 これは明治大学が雪印を、中央大学がアイスバックスを破った以来3例目となる、大学生チームがトップリーグのチームを倒す番狂わせが起きたのだ。
 だが、グリッツが負けるというよりも「全日本で東洋がアジアリーグのチームに土をつけるかもしれない」とは、ここ数年ずっとささやかれてはいたのだ。

全日本前の東洋大学の状況

この日の東洋は明治を圧倒した

 12月1日、全日本選手権の出場権がかかる、エイワ杯2024年度関東大学アイスホッケーリーグ戦(1A)。
 東洋大学(以下東洋)はファーストリーグでこそ明治大学(以下明治)に苦敗したが、セカンドリーグは失速する明治(※諸事情で各チームの主力選手が一部出場できず)を尻目に東洋は全勝で最終日を迎え、勝ち点も明治を上回った。この最終戦はお互い勝てば優勝となる一戦だ。
 試合は予想外にも東洋の一方的な展開となり、終わってみれば12-2の大差で完勝。優勝戦にもかかわらず、7点差以上をつけてのランニングタイム(一部を除き、時計を止めない試合方式)で勝つと言うおまけつきであった。
 決して明治も劣っていたわけではないが、「この」トップスピードからのトリッキーな動きができ、ゴール前に飛び込んでくるタイミングと嗅覚、決めきる決定力とパワー、パフォーマンス、すべてにおいて東洋は明治を上回っていた。
 セカンドリーグ逆転でのリーグ戦優勝、しかもライバル明治に完勝し、若さの勢いもある。
 今の東洋と全日本で当たるアジアリーグのチームが相当苦戦するであろうことは、東洋の優勝戦を見た者ならば誰でも予想できることであった。
 筆者は仲間のバックスファンにうなった。
 「こりゃ今の東洋には当たりたくない」と。

東洋の守護神、GK33田村壱桜

 全日本の組み合わせは、3位まで落ちた明治がレッドイーグルス北海道の山、2位に浮上した中央大学は東北フリーブレイズの山、そして優勝した東洋は「横浜グリッツ」の山に入った。過去3年連続、東洋をどうにかねじ伏せてきた日光アイスバックスは、今大会は無風の山に納まった。

全日本前の横浜グリッツの状況

 全日本選手権の前週の11月30日、アジアリーグジャパンカップとしてレッドイーグルス北海道対横浜グリッツの試合を、筆者は新横浜で観戦していた。
 ほぼ韓国代表のHLアニャン含め、3連勝中で迎えた強豪イーグルス戦。今季は不調で現在落ち目のイーグルスと、クラブ結成初の4連勝に向けて血気盛んなグリッツの戦いは、出だしからグリッツが圧倒、第1ピリオドは一時3点をリードした。
 しかし、地力に勝るイーグルスは第3ピリオドでグリッツを捕らえ、猛攻でどうにか3-3の同点にして延長戦(OT=オーバータイム)に持ち込んだ。
 ここまでの試合内容はイーグルスが6-3で逆転勝ちの判定であったが、GK古川の堅守をはじめとしてグリッツ全員が必死な守りを見せた。
 最後はOTでグリッツDF三浦が決勝ゴールを決め、選手もグリッツファンも喜びを大爆発させた。
 翌日のイーグルス戦こそ敗れはして5連勝は逃したものの、延長戦のシュートアウト(PSS)にもつれ込んでの惜敗であった。
 チームも選手もファンも皆が意気揚々であり、次週の全日本選手権に向けて士気は大いに上がっていた。
 だが、グリッツは過去4回の全日本選手権において、アジアリーグに所属しているチームの実質的スタートラインである、準決勝に進出したことは一度もない。昨年はアジアリーグに加入申請すらしてなく、「日ア連推薦」という謎の特別枠で出場した北海道ワイルズに、地元新横浜開催にも関わらずあっさりと敗退した。それをチームもファンも忘れていた。
 「俺たちはイケる」と思っただけのはずだ(そう思うしかない)。
 チーム運営側はジャパンカップに続いて、全日本選手権に向けての「声明」を出すなど煽りに煽った。
 それにはやむを得ない事情がある。横浜グリッツは結成5年、リーグ成績はずっと低迷していたからだ。弱小チームのレッテルを貼られている。チームの台所事情も見てくれよりはるかに厳しい。

最後までグリッツは力が出せなかった(VS東洋大)

 それでも着実に「グリッツファン」を増やしてきたし、リーグ戦は自己のペースをつかんで完全に上がり調子だ。今の勢いはかつてないほどある。 
 アマチュアの大学生、社会人チームを無難に倒せば、準決勝の相手は今シーズン1勝しているアイスバックスが予想できる。
 バックスならば勝ち目はある。
 決勝はフリーブレイズが来ようがイーグルスが来ようがぶつかるだけだ。全日本優勝のタイトル初奪取は決して大風呂敷ではない。そして今のグリッツにとって、タイトルは喉から手が出るほど欲しい。 
 このように横浜グリッツの、選手の、ファンの士気はかつてないほどに盛り上がり、チームは初タイトルという野心を作り上げ、ファンに夢を語った。 
 この熱狂は決して悪いものではない。
 だがバックスのような湿度が高く、時には不快にもなる「南国の暑さ(熱さ)」ではない。 
 カンカンに熱したフライパンに玉子を落とす、砂漠のように「乾いた暑さ(熱さ)」に筆者には見えた。

筆者の思う、全日本選手権の難しさ

 アイスホッケーの全日本選手権は「92回」を誇る大会だが、参加チーム数が12チーム程度で、「実質3回勝てば優勝できる大会」と揶揄されている。その通りなのは確かだ。
 3連勝すれば優勝できる。ところが実際3連勝するのは容易な事ではない。
 サッカーの天皇杯は日程消化の感覚が開くので、お互いサラの状態に戻して対戦することができる。
 アイスホッケーの全日本選手権は4日連続で日程を消化する。これはどちらかと言うと、大相撲の一場所である15日間を戦い、しかも全勝しないと優勝できない条件に近いと考えてよい(大げさではない)。
 なんせパンチアウトのトーナメント方式は「1回でも負ければそこで終了」なのである。
 リーグ戦とは違い「次が無い」。ということは「一戦必勝」毎試合全力で、後先考えずに臨むしかないということだ。
 例年アジアリーグのチームが大学生チームに毎回勝てているから目立たないだけだが、実際トップのチームは苦戦(てこずる)か大差で勝つかの両極端である。アジアリーグの選手は口を揃えてこう言う「学生とはやりにくい」、何を仕掛けてくるかわからないので「怖い」と。
 筆者はグリッツファン向けを意図したわけでないが、いずれ全日本で負ける時があろうアジアリーグのファン向けに対して今大会は警鐘を鳴らした。
 「大学生チームが勝つときもある」と。

チーム一丸となって東洋はゴールを守った(VSグリッツ)

 アジアリーグのチームは相手が社会人チームならともかく、大学生チームとは、とにかく「やりにくい」に尽きる。 
 戦力差はアジアリーグの選手と大学生では体格も違うしスキルも違う、だが大学生のスピードはトップと引けを取らない。なにより若さと勢いがある。そして怖いもの知らずで全力でぶつかってくる。「トップチームはアマチュアに勝って当たり前」とプレッシャーがかかる。 
 全日本の場合、試合開始時間が午前中の9時開始もザラだ。午前中の第一試合は特にトップチームには難しいとされる。トップチームは朝に練習はするが、ガチ試合をするの事には慣れてはいない。ようは「まだ身体が寝ぼけている」のである。各選手の食事時間や体調などの調整にも微妙に影響する。いつものアジアリーグの試合と全日本とはちょっと違うのだ。 
 他にも今日は夜の「第4試合」で翌日は朝の「第1試合」に当たったりと、体力回復も気になる。 
 単にトップチームが負けた時の理由づけだと言われればその通りでお終いなのだが、それを頭に入れておかない奴の全日本の勝敗予想なぞは、単なる情弱の思い込みでしかないのだ。

一戦必勝で挑んだ東洋、一戦必勝で挑まなかったグリッツ

 大会2日目の12月6日。東洋は昨日、1回戦で社会人チームのタダノを一蹴して順当に勝ち上がってきた。第一試合「東洋大学対横浜グリッツ」戦は朝9時から開始だ。
 グリッツ側はベンチ裏最前列にファンが集まっていたが、次の試合である「アイスバックス対釧路厚生社」戦の場所取り組が東洋側に座ったため、東洋側の方が観客は多かった。筆者は横浜グリッツの旗を貼りだし、さてどんな試合になるやら、東洋とは接戦になるだろうかと思案しながらひとり席に着いた。
 この試合を一言で言えば「グリッツは最後までやりにくい試合だった」に尽きる。第一試合はペナルティを取られる基準もよくわからないし、トップの選手が大学生に荒くぶつかるわけにいかない。ペナを取られるかもしれないし、第一「大人げない!」とのヤジがお約束で飛ぶ。それは実に格好悪い。
 格好つける気がまるでないフリーブレイズならば、遠慮なく大学生でも荒くぶつかるが、大学生チームとガチ試合で対戦した経験がないグリッツは、最後の最後まで戸惑っていた。そして最後の最後まで「格好つけて」しまっていた。
 開始50秒でグリッツ61鈴木ロイがペナを取られた。最初のパワープレイをもらった東洋は、特に形にならずにイーブンに戻った。だが、グリッツ側はこのペナに若干動揺の色が見えた。この試合のペナの基準がわからなくなったのだ。
 出だしの試合展開はどっちもどっちだったが、明らかにやりにくいのはグリッツに見えた。そんな時に東洋10根本の見事なワンタイマーが、グリッツのゴールに突き刺さり、東洋が先制してしまった。
 そこからは俄然東洋の動きが良くなった。時間が経てばアジアリーガーとの戦力差はどうしても出て来る。そうはさせないよう、東洋は果敢にグリッツとぶつかった。
 アジアリーグでは予想できないトリッキーなターン、シュートを打つタイミングも違う、シュートブロックも積極的だったし、効果的に決まった。
 ワンプレイ、ワンプレイの集中力は最後の最後まで東洋は途切れなかった。好プレーは好プレーをさらに産んだ。そして東洋は「無駄なペナルティはしない」事に徹底していた。
 この試合だけを絶対に勝つ「一戦必勝」でぶつかってきたのだ。
 第2ピリオド、ようやくグリッツが97池田と9ラウターのゴールで逆転し、ようやく流れを掴もうとした。しかしそうはならなかった。
 グリッツ65蓑島のいらないペナからの最初のフェイスオフであった。セットプレイから、東洋21高田の素晴らしい強烈なワンタイマーの同点シュートが決まった。この間わずか4秒だった。
 この時グリッツは、この試合の流れを掴む最後のチャンスを逃した。
 どうにかパワープレイでグリッツが第2ピリオドは勝ち越しだけはしたが、1点差の第3ピリオドなど十分逆転できるチャンスがある点差だ。

得点を喜ぶ東洋(VSグリッツ)

 東洋にとってはロースコアで上々の試合運び、恐らく鈴木貴人監督のプラン通りである。 
 方や好ゲームだとはいえ、グリッツベンチと応援するグリッツファンはさぞやイライラした展開であろう。第3ピリオド開始時のグリッツベンチは、気合が入りまくる東洋のベンチに比べればまるで元気がなかった。 
 困惑なのか焦りなのか複雑な表情の選手が多かった。 
 第3ピリオドの中盤までは、東洋がさらにギアを上げ、グリッツ相手に互角どころかやや押していた。
 ついに若さで攻め続ける東洋の勢いだけによって、同点弾が文字通りグリッツゴールに押し込まれる。 
 しかし、グリッツにも意地がある。残りの時間は3ピリ終了までグリッツが猛攻を仕掛けた。
 「東洋必死」と筆者は文字速報で書いた。
 文字通り東洋は全員が必死になってグリッツの攻撃に耐えに耐えた。
 グリッツは焦りの色が濃くなる一方だった。 
 残り3分42秒、東洋のペナルティを取るかどうかでレフェリーが審議した。この試合初めてグリッツベンチが、レフェリーに大声で抗議していたが後の祭りであった。もはや無意味な抗議である。
 結果はノーペナ、東洋に3ピリにシュート17本を打ち込んでも無得点で守りきられてしまった。 
 3-3の同点で迎えた延長戦(OT)も、グリッツが8割方パックを支配して攻めに攻めたが、徹底して逃げに徹する東洋の必死の守りを崩せなかった。OTも東洋が守りきった。
 東洋サイドで見ていたバックスファンによると、この時の東洋ベンチの様子は「もう勝ったかのような喜びよう」だったと言う。 
 筆者は文字速報に一言だけ書いた。
 「東洋してやったり」 
 グリッツ先行で始まったシュートアウト(PSS)は、グリッツ9ラウターが順当に決めたが、東洋18森田が臆せずに決め返した。グリッツ14大澤が気負って外してしまい、対する東洋29大久保が再びGK古川の下を抜いた。  
 なんと東洋がリードしてしまったのだ! 
 もう外すわけにいかない、グリッツ97池田にかかる重いプレッシャーは座席からも伺えた。だが、これも東洋GK田村に弾かれてしまう。そして東洋34高橋は三度(みたび)GK古川の下を狙ってこれを決めてしまった!! 
 シュートを浮かせて打つのは技術的に難しい、GKに防がれる以前にシュート自体をミスることもある。そこで東洋鈴木監督は、GK古川の下を確実に打ち抜くよう徹底した指示を出した。
 だが、アジアリーガーだと下よりも上を狙わないとゴールを割れない。このトップリーグの常識と慣れにGK古川は引っ張られた。相手はアジアリーガーでなく、何を仕掛けてくるかわからない大学生なのにだ。 
 鈴木監督の狡猾な作戦指示の前に、GK古川にとっては非情な結果として、シュートを1本も止められず、3連続ゴールを大学生に決められてしまったのだった。 
 これでグリッツ21杉本を止めれば東洋の勝利が決まる。杉本はグリッツの有力な若手の一人でシュートアウトは決して下手ではない。でもこの時の杉本に、決めてくれるオーラは見えなかった。 
 GK田村が止めた瞬間、東洋の選手が一斉にベンチから飛び出した。 
 ありきたりだが優勝したかのような歓喜だった。

砂漠の熱さはすぐ冷めた、にグリッツはしてはいけない

GK古川は3失点には抑えたが(VS東洋大)

 ここまで読んでいただいたならば「横浜グリッツがなぜ東洋に負けた理由」を今更並べ立てる必要はないだろう。
 「負けに不思議な負けはない」ただそれだけである。
 完全に東洋大学鈴木監督の戦術勝ち、戦略勝ちであり、選手もそれに応えるプレーを見せた結果でもあった。
 試合終了した時、グリッツファンは筆者から見れば「無反応」「無表情」のように見えた。「悔し涙」も誰も流さない。
 勝たねばならない格下の大学生チームに敗退し、過去3例目の「やらかし」の非常事態である。
 一部のグリッツファンはこの失態に拍手すらしていたし、ヤジも怒声も全く無かった。だがこれは、プロの選手にとっては「逆に酷な話」だ。
 自分のファンが、チームの負けに熱く反応してくれない、全くの無関心なのだから。こっちの方がグリッツの選手にはよっぽど堪えるのではないだろうか。単に「負けて」がっかりはしていたが、「大学生に負けた悔しさ」は引き上げるグリッツの選手からは感じる事はできなかった。
 これは間違いなく、まだ残り半分もあるシーズンに悪影響を及ぼすであろう。
 筆者は着ていたグリッツのジャージを先に脱ぎ、この失態への抗議の意味でグリッツの旗を即剥がした。
 初タイトルが取れるかもしれないと聞き、わざわざ日光くんだりまで、仕事を休んで駆け付けたグリッツファンの「熱の無さ」には正直驚いた。
 叱咤激励の意味も込めて、怒声やブーイングで「次は絶対勝て!」「俺たちは勝てるんだ」!と煽るのがチームへのやさしさだと筆者は思うからだ。
 
 チームからは敗北の「お気持ち表明」までが発表された。
 筆者は不必要だったとは思うが、あれだけ煽ってしまった以上は出さざるを得なかったかもしれない。
 グリッツはチームや選手だけでなく、ファンもやはり「格好つけていた」のだろう。SNSではお慰め、傷の舐めあいのコメントが並び、負けた推しチームへの批判は「お下品」と言わんばかりにお上品な意見が大多数だった。 
 チームを誰よりも愛しているからこそ、この負けを「恥」とまで言い、全日本にグリッツは出場すべきチームなのかと本気で発言したのは、
@kocoSportsさんの日本語ブログぐらいであった。
 筆者が例えた、グリッツファンの砂漠のように「乾いた暑さ(熱さ)」は、格下に敗北という「夜の砂漠」になった途端に冷え込んでしまったように見える。
 応援している身内の関係者が居なくなってしまった時、はたしてこの日来たグリッツファンは、横浜グリッツの試合をまだ観に来てくれるのだろうか?応援してくれるのだろうか?筆者は甚だ心配している。
 大会終了後、ある古参のアイスホッケーファンが横浜グリッツに対してこう言ったのが印象に残った。
「(格好つけて)優勝だの何だのを目指すことはない、まずはしっかり準決勝、ベスト4に入ることを目指すべきだ」(了)   

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