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ぽっちゃり小猫 4|腹が減ったら忘れるくらいが生きやすい


吾輩はぽっちゃりだが小猫である。
〈頑張り屋〉という“おーえる”と大きな家に暮らしている。

頑張り屋の特技は記憶することである。

吾輩は、3日前に暑かったか寒かったか、どれくらいの時間眠り起きていたかなどさっぱり思い出せぬ。

いや、3日どころか、お腹が空けば数時間前にご飯を食べたことすら忘れてしまうことがあるほどだ。

しかし、頑張り屋はしっかり覚えているらしい。「さっきも食べたじゃないの」と時たま得意の記憶能力で吾輩に意地悪をいうのである。
そんなもの腹が減れば忘れてしまうのが普通であろうに。

そして、頑張り屋を観察していて気付いた。

人間という生き物は、先端の尖った棒のようなものを白い板の束に擦り付けて、記憶を形として残すことができるらしい。既に記憶力が高いはずだが、さらに忘れても思い出せるように行動しているというのが驚きである。

吾輩は余程印象的なことでない限り、興味がなくなればすぐ忘れてしまう性分だ。故に吾輩がもし形として残したとしても、残したこと自体をすぐに忘れてしまうであろう。

しかも頑張り屋は毎晩寝床に入る前に必ずそれを行う。記憶に残したいことが沢山あるとは不思議なものである。

頑張り屋は今日もそうやって「1月22日は」といいながら棒を動かし始めたのだが、一つだけいつもと様子が違った。

先程までツラツラと棒を動かしていたのに、いつのまにか棒を握る手が止まり、自分が残した形をジッと見つめて、ボロボロと涙を流し始めたのだ。

吾輩には詳しいことは分からぬが、どうやら形にしてはいけない記憶を形にしたと思われる。

悲しそうな頑張り屋を見て、吾輩はこの行動は賢くなれるが、間違えると少し厄介であると理解した。

やれやれ、吾輩がそんな記憶など噛みちぎってやろう。そう思い、頑張り屋の側にいこうとした次の瞬間

ゴロゴロゴロドゴーン

外で何か大きな化け物が大暴れし始めたらしい。恐ろしい音が家中に鳴り響いた。
吾輩は驚いて飛び上がり、慌てて頑張り屋の袖の中に隠れて縮こまった。

「大丈夫、こっちには来ないから」

と、頑張り屋は吾輩を撫でてくれたが、何故そんなに落ち着いていられるのだ?
こちらに来なくとも家が揺れたということは、危ないではないか。

吾輩は怖くて仕方ないのに、それはしばらくの間続いた。

どれくらい経ったのか分からぬ。
吾輩が疲れ切った頃に大きな化け物は遠くへ行ってしまったらしい。助かってよかったと安堵する。

吾輩は頑張り屋に感謝のスリスリをして、ついでに腹も減ったのでご飯の催促もした。

恐怖と立ち向かった後のご飯は美味いものだ。頑張り屋も察しがよく、少し大きいサイズを選んでくれた。疲れて腹がとても減っていたのでバクバクと夢中でがっつく。

「あんなに怯えてたのに、もう忘れちゃったの?おかしな子」などと頑張り屋がクスクスと笑い始めた。

自分だって先程泣いておったのに、突然笑っているではないか。と思ったが、吾輩も何故頑張り屋が泣いていたかまでは、正直もう思い出すことはできぬ。

だが記憶なんぞは、それくらいがちょうど良いのである。

吾輩は忘れるかもしれないがまた一つ学んだのであった。





この作品は、土曜日の更新となります。
頑張り屋さんに休日の夜、ゆったり読んで欲しいです。
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