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人魚屋敷の脳先生 (第13話/全26話)

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「君も僕の頭がおかしくなったと思いますか?」
「先生、私は先生の作品に憧れて編集者になったのです。……ですので金魚鉢に人魚が居ようと居なかろうと、その人魚が先生にだけ見えていようが、見えていなかろうが、どっちだって構いやしません。でも」
「でも?」
「そのお話、書いて下さいませんか」
「その話というのは……? 人魚が居るとか見えるとか、やはり死んだ……とか書けというのですか?」
「全てそのままじゃなくてもいいんです。その浪漫を、空想を、そして心に響いた事を書いて下さい」
「僕にとってはただの日常です」
「それでも構いません」
「僕が困ります。それでは小説家ではなく、随筆家になってしまう」
「先生の日常は一般人にとって非日常ですよ」
 若いのにずいぶんとハッキリものを云う。
 僕はおもわずクックッと喉を鳴らしてしまった。
 タエさんもだが、こうした裏表の無い、腹芸の出来ない人物は好ましい。
 そして何よりも僕の原稿を欲してくれているのもありがたい。
「なぜ、そこまで僕にこだわってくれるんですか? 僕より若くて優秀な作家は他にもいくらでもいるでしょう――?」
「それは……」
 小柳君はふと僕から視線を外すと、金魚鉢の前に置きっぱなしにしていた書きかけの原稿に目を留め、立ち上がった。
「先生、この作品は……? 夢……海石榴?」
「『海石榴』は『椿』と読みます。人魚がいない間に書いたただの散文です」
「先生、先ずはこの……この『夢海石榴』を完成させて下さい」
「でも、僕はもう書けない……。それだって途中のままです」
「ご自身の為にも完成させるべきです。完成させた暁には、きっと、きっと……その時に人魚は必ずや戻ってくるはずです」
「そんなことが……どうしてわかるのですか?」
「云ったでしょう。私は先生の作品を世に出す為に編集者になったんです。ただの愛読者だからじゃない──それに、どうして私がここまで先生に執着するか、おわかりになりますか?」
「わからない。わかりません……」
「先生……。私はね、子供の頃『神隠し』に遭ったことがあるのです」
「神隠し……」
「貴方なら信じて下さると思うので云いますが……」
 小柳君の瞳に熱が帯びる。
「先生のお著作に『月の底』という作品がありますよね」
「デビューしたての頃の掌編です。もっとも草稿自体は中学になるかならないかの頃に書きましたが……」
「……あの話を読んだ時、私は驚愕しました。私の体験そのものだったのです」
「──そんな!」
「もちろん先生が盗作したという話ではありません。だって私は神隠しの間の事は誰にも話しておりませんから」
 ──『月の底』という話は、ある寒村地方の少年が自分の宝物の銀のバケツ(但し、底が抜けている)と引き換えに天狗に弟子入りする話である。
 あれは、そう──たしかこんな話であった。

              *** 


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