人魚屋敷の脳先生 (第18話/全26話)
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「何だか気味の悪いおばあさんでしたね」
その日の晩御飯は祖父の通夜の時みたいに、母も僕も喋らず、ただ黙々と機械的に箸を動かしていた。
しかし長い沈黙に耐えかねた母がついに口を開き、続けてわざと明るく言った。
「私は、山姥かと思いましたよ」
母は異様な風体の老婆に驚き、僕が蝶を燃やしたのを見ていなかったようだ。
「お母さま。人を見かけで判断しちゃいけないっていつも仰るじゃないですか」
僕は心にも無いことを言った。
「そうね。ごめんなさい。ああいう場所だから余計に怖く感じたのかもしれません」
「昼間でも、墓地は怖いですね」
「ええ。ただでさえ、お寺とか、お墓には怖い話や迷信が多いものですし……」
「迷信?」
「墓地で転んだら、片袖を置いて行けとか、靴を置いていけとかその類いのモノです」
「どうしてですか?」
「ええ、そうしないと幽霊に腕とか脚を持って行かれるとか。あの世に連れて行かれるんだとか」
「……お母さん」
「はい」
「夢虫って聞いたことありますか?」
「ああ。確か蝶々の異名でしょう。『蝶は寝ている時に人から抜け出る魂だ』という。だから夢虫って呼ばれるになったって聞いた事があります」
「……」
「……後は、そうですねぇ。お盆の時期に墓場で殺生すると先祖が地獄におちるとか」
「……」
「ちょっと、どうしましたか? 顔色が悪いですよ」
「は、はい。なんだか気持ちが悪くって……」
「あら。大変。夏風邪でしょうか? 早く寝た方がいいわ。待ってて頂戴、お布団しいて来てあげますから」
そんなにふらふらしていたら、二階に上がるのも大変だろうと、母は一階の庭に面した部屋に布団を敷いてくれた。
窓からちょうど月が見える。
青白い月と、蚊取り線香の香りが昼間の蝶を思い出させた。