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変化が淋しいとか言って、僕はその目を全然見ていなかった〔月を見ていた/米津玄師〕

米津玄師氏楽曲との出会いについて

 出会いは「マトリョーシカ」(ハチ)だった。楽曲自体は2010年にアップされており、その頃自分は小学生だったのでおそらくリアルタイムでは聴いていない。しかし、中学生になったタイミングでボカロを知り、そこでこのどんちゃんした曲を知った。
 その後、本名で活動していることを知り、いつからだろうかーー少なくとも『BOOTLEG』発売を心待ちにしていたことは覚えているから2016年より前だろうーー彼の楽曲を時々の拠り所にしてきた。言葉にすると嘘くさくなることを悲しんで、自分嫌いのあなたにどうやって愛を伝えようと悩んで、世界の鮮やかさを恨んで。人を信じられる心があることに喜び、頬張ったジャムパンケーキを吐き出す様子の妖艶さに震え、優しくなりたくて、でも良い子だけ迎える天国を殴るために、毎朝米津氏の音楽を聴いていた。(「M八七」に至っては映画も相まって大好きで、全く関係ない文章を出す際に勝手に引用していたほどだ)

アイドル化しゆくことに淋しさを

 しかしある日、その時はきた。楽曲「LADY」の発表とともに新しいアーティスト写真が発表されたのだ。その写真で米津氏は顔を露わにしていた。今までずっと前髪で目元を隠していた(もしくは見せるとしても片目だった)彼が、両目を露わにした。この大きな変化にTLは当然大騒ぎ。整形疑惑が出るまでの騒ぎとなった。

 この時、僕の中に育っていた違和感がはっきりとした。僕は彼がアイドル化していくのが淋しかった。別に彼はアイドル営業をしているわけではない。ライブにコールは響かないし、写真集も勿論ない。でも、アイドルは主体がそう規定するだけでなく、周りがそうするものでもある。「LADY」以前からYouTubeのコメント欄では「米津さん綺麗!」「イケメン!」「天才!」といった声が上がっていた。いくら下に繰ってみたところで、歌詞や旋律の話に辿り着かない時もあった。そんな時、「人には人の推し方がある」と思いながらも、なんとなく寂しさを覚えていた。
 この淋しさ・寂しさを正当化したくはない。僕は言葉がとても好きである。ゆえにとても歌詞偏重の人間であることも理解している。言葉は歌の一要素でしかないし、身体を含めて表現だから「イケメン」といった「推し」方も間違いではないのだ。僕の在り方も正解だが、他の人々の在り方もまた確実に正解である。

 それでも、少し弁明していいのなら、僕が身体に基づいた「推し」方を忌避してしまう理由を説明したい。
 米津氏は自分が周りと違うという自覚を持って生きてきたそうだ。それは過去のインタビューに詳しい。

「過去を振り返ってみると、自分がこういう身体で、こういう名前で生まれてきたから、今の自分の精神があるんだと思うところはあります。生まれた瞬間から4500グラムくらいあったし、米津玄師という名前の影響もありますね。本名なんですけど、昔からすごく仰々しくて変な名前だと思ったし、周りからいじられることもあった」

幼稚園の時、唇に大きなけがをした時のことも記憶に強く残っているという。応急処置を終えて病院から戻ってきた時に感じた周囲からの怪訝(けげん)な視線が、彼の自意識に大きな影響を与えた。

「もし世の中に“まとも”というものがあるとするならば、その瞬間に自分はそこから少しだけ逸(そ)れてしまったんじゃないかと感じたんです。周りの人間とは違うものになってしまったと思った。そこからずっと『自分はまともではなくなってしまった』と思いながら過ごしてきた」

「『茶化す大人になりたくなかった』――若者が米津玄師を支持する理由」

 僕は元々、自身では変え難いもの(名前や身体・性別・人種etc.)がもたらす疎外(ありていに言えば差別)の問題に関心が強かった。それもあってか、この語りーーしかも小学生(!)時代の経験ーーにひどく感銘を受けた。なるほど、これこそが彼の楽曲の根底にある一つの原体験で、だからあのような言葉が生まれるのか、と。そして同時に、彼が変更しようのないものを殊に意識しないようになった。例えば、外見、といったふうに。確かに疎外感は彼の楽曲を豊かにしたかもしれないが、「怒り」の対象でもあったかもしれないし、彼が今身体等にどういう感情を持っているかを僕は知らないから。

そもそも自分がボーカロイドでやってきたことって、そんなにハッピーな音楽じゃなかったんです。『マトリョシカ』や『パンダヒーロー』にしても、いろんなものへの怒りを放出した曲だった。

「『茶化す大人になりたくなかった』――若者が米津玄師を支持する理由」

 でも、多くの人が彼を「推す」のであれば、おそらく僕の方が捻くれているんだろう。そんな気もしていた。彼が両目を見せたことは彼が選んだ変化だ。彼自身が何をどう思っているかは僕にわかることではない。僕の好き方こそ、インタビューという断片から勝手に作り出した虚像(idol)を「推して」いるのではないのか。
 そういえば、今や米津氏のファンにはファンネームがあるらしい(「米民」)。Twitterで検索すればファンネームが書かれたアカウント名が様々出てくる。それを眺め、僕はあんなに楽しみにしていて(そして残念ながら1回分も当てることができなかった)ツアー「空想」のタグを検索することをやめてしまった。「LADY」も楽曲自体は聴いたものの、MVを見ることはできなかった。
 こんなことで悩む僕がたまらなく恥ずかしかった。


「月を見ていた」

 そんな中、新曲「月を見ていた」のMVが公開された。この曲は「FINAL FANTASY XVI」のテーマソングとして書き下ろされたものだ。

 僕は恥ずかしながら、この楽曲を聴くことすらできていなかった。各種配信サービスで配信されていたにも関わらず、だ。理由は簡単で、もう自分はファンではないのではないかという恐怖があったからだ。「LADY」のMVも見れず、「人には人の推し方」を徹底できない。なんて白けたやつか。また楽曲を聴くことでそれを自覚してしまったら、今度こそ本当に過去の楽曲含め聴けなくなってしまう気がしていた。

 でも、このMVを見てファンとしての僕は救われた。

 このMVは(恐らく米津氏には珍しい)ストーリー性の強いMVだ。ファンタジーの主人公は米津氏。彼は愛する人を探し、戦い、出会い、死に、転生する。(本筋と逸れるが、まず驚いたのは最初のシーンで女性が共演していることだ(キャストを特定できていないので女性と断定できないが、ピンクの衣装、長い髪、着物に近い衣装から女性的描写が強いことは言えるだろう)。米津氏の楽曲では明示的に愛する人が女性であるとわかる代名詞はほぼ出てこないし、MVでも出ない。ここからして、物語であることを強く意識した映像だと思った)
 その中で、僕は目を見た。このMVの中で目のアップは何回か出てくる。鎧の中から見える目や、探し人を探す目。その中でもこの目が印象に残った。

「月を見ていた」MV 3:09より引用

 恐らくカラコンで色を変えているその目は、雄弁に虚空を見ているように思えた。この箇所の歌詞はこうだ。

名前を呼んで もう一度だけ
優しく包むその柔い声で
月を頼りに掴んだ枝が あなただった
あなただった

月を見ていた/米津玄師(筆者書き起こし)

 「ファイナルファンタジー」を知らない自分は、この歌詞を正確に解釈することはできない。でもこの箇所はきっと、「あなた」を求める思いが出ている。「あなただった」という過去の叙述ではあるが、そこに籠っているのは渇望だと思ったし、それで歌詞としては深みがあると思った。そして、そう解釈したのは他でもなく、MVの目からだった。熱くはない目。虚ろで、それはむしろぎりぎりに立たされた者の渇望する目に思えた。

語り得ぬ声で叫ぶ

月を見ていた/米津玄師(筆者書き起こし)

 「目は口ほどに物を言う」とは昔から言う。先ほど自分も「身体含めて表現である」と述べていた。しかし、そのことを真の意味で理解したのは、このMVを見た今日だっただろう。映像は楽曲の世界を深め、身体は映像を深める。彼の両目は、楽曲世界を深めていた。

 彼が両目を見せたアーティスト写真を公開してからはや4ヶ月。「表現を愛している」という自分と、彼の両目が相反していないことをやっと理解した。ぱっと見えることに意味なんてないのに、翻弄されて「馬鹿みたいね」。

あたしはゆうれい あなたはしらない
涙の理由も その色さえも
それでもきっと 変わらずにずっと
あなたが好きよ 馬鹿みたいね
ひゅるる るるるる ひゅるる るるるる ひゅるる るるるる

あたしはゆうれい/米津玄師


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