欅共和国2017の「不協和音」で号泣した話
2020年5月29日・30日
欅共和国2017のライブフル映像がYouTubeで放送される。
自粛期間のお供に運営からの嬉しい贈り物だ。
ただ、欅共和国2017当時の欅坂46と現在の欅坂46とでは取り巻く環境が多分に異なるため、界隈はそれなりに荒れるのではないかと予想している。
やれこの頃の欅が最強だの
平手の代わりは誰にも務まらないだの
なぜ平手を脱退に追いやったのかだの
自粛期間でグループがまともに活動していないだけに、このライブ放送がファン同士の議論を再熱させるきっかけになる予感がする。
もちろんグループに対して色々な意見があるのは良いことだ。
ただ僕個人としては、
今回のせっかくの運営からの粋な計らいに水を差すようなことはしたくない。
なので難しい議論や意見はその辺に放っておいて、
僕が欅共和国2017の「不協和音」を観て号泣した話を書きたいと思う。
この記事では欅坂46に対する意見や考察は一切取り扱わない。
20代中盤のオッサンがアイドルの曲で号泣した、ただそれだけの話だ。
前の記事を読んでもらった人はご存知かもしれないが、僕はアイドルには一切興味のない人間だった。
そんな僕がアイドルのライブに心を動かされ、あろう事か号泣したのだ。
ライブ配信までの暇つぶしにでも、よかったら読んでほしい。
欅共和国2017の「不協和音」で大号泣した話
あらためて言うが、僕はアイドルには一切興味のない人間だった。
「アイドル?だって口パクじゃん」
と常々思っていたし、正統派のロックが好きだった僕はアイドルに対しては割と否定的だった。
そんな僕がひょんなことから乃木坂46にハマった話はこちらの記事で書いている。
要約すると、白石麻衣をきっかけに乃木坂46にどハマりしたという話なのだが、それを発端に僕は姉妹グループの欅坂46にもハマった。
ハマったと言ってもそこまでどっぷりと沼に浸かっていた訳ではなく、当時の僕の欅坂46への認識は「平手友梨奈がいる」「メッセージ性が強い曲を歌っている」といった程度。
ただ、欅坂46の冠番組「欅って、書けない?」だけはバックナンバーを漁って観ていたので、平手友梨奈以外のメンバーもちらほら覚えてきた、ぐらいの時期だった(というか僕が観たけやかけに平手はほとんど出ていなかった)
そんな折、たまたまYouTubeで見かけたのが「欅共和国2017」の予告映像。
当時の僕はバラエティにおける欅坂はある程度知っていたが、楽曲やライブに関してはほとんど無知。
有名どころの「サイレントマジョリティー」や「世界には愛しかない」ぐらいの曲しか知らなかった。
ただ「不協和音」は、当時あのダンスを色々なYouTuberがカバーして踊っていたので知っていて「なんか独特なダンスの曲」ぐらいの印象は持っていた。
と、このように欅坂46の偏った側面しか知らなかった僕は、少しでも楽曲を勉強する意味で「欅共和国2017」のDVDを買ってみることにした。
欅坂46はもはやアイドルではなかった
ライブ本編はovetureから始まり、最初の曲は「サイレントマジョリティー」
そこから「世界には愛しかない」「二人セゾン」と知っている曲が続いた頃、早々に自分がアイドルのライブ映像を観ている感覚とは全く違う感情を抱いていることに気が付く。
こりゃ欅坂はアイドルではない。アーティストだ。
僕は、多くの人がアイドルライブを見る時にやるであろう「自分の好きなメンバーを追う」という見方を一切していなかった。
無論、これはメンバーが魅力的でないという意味ではない。
完全に楽曲の雰囲気に魅了されていたのである。
欅坂46のライブには、個人の魅力をも凌駕してしまうほどの楽曲の雰囲気と圧倒的なパフォーマンス力が兼ね備えられていた。
メンバーが個の存在感を消しながら、あくまで「グループ」として楽曲に込められたメッセージを全身全霊で伝えている。
個人としての華や、可愛さをアピールするようなことは一切しない。
これは完全にアーティストだ。
素人ながらそんな風に感じたのを覚えている。
圧倒的個性・平手友梨奈
そんな集団の中で一際異彩を放つ圧倒的な個性があった。
平手友梨奈だ。
平手は全ての楽曲でセンターを務めていて、一際存在感を放っていた。
平手友梨奈に対する当時の僕のイメージは「世界観を持った人」
欅坂46にそこまで詳しくなかった僕でさえ、
このグループは平手友梨奈がずっとセンターで、独特の世界観と表現力を持った人であるという認識は持っていて、そのイメージを守るためにバラエティ番組にもあまり出ていないのかなと思っていた。
そんな僕は、
この「欅共和国2017」で初めて平手友梨奈のパフォーマンスを見て、完全に平手友梨奈に魅了された。
断っておくと、僕には歌唱力やダンス力について語れるほどの専門知識はない。
ただ、ステージ上の平手にはそんなものをも凌駕する圧倒的存在感があった。
「華」とも少し違う。
「存在感」だ。
圧倒的な「存在感」
どうして欅坂は乃木坂と違ってセンターを固定しているんだろうと疑問に思うこともあったが、なるほど合点がいった。
確かにこの圧倒的な存在感を持った平手が後列にいるのは考えられない。
この強すぎる個性は絶対に中心にあるべきだ。
欅坂46のライブを初めて見て、平手友梨奈という存在を思い知らされた気がした。
魂が震える感じがした「不協和音」
イントロが流れた瞬間から明らかに雰囲気が違った。
この曲が欅坂46の中でも特にメッセージ性の強い楽曲なのは知っていたが、メンバーたちがここまで苦しそうにパフォーマンスする曲だとは思わなかった。
”軍門に下るか”
”妥協したら死んだも同然”
おおよそアイドルの曲とは思えない歌詞が次々と心に響いた。
激しく攻撃的な歌詞と、それに負けない激しいダンス。
皆、髪を振り回し苦悶の表情で踊っている。
圧倒された。
そして、平手友梨奈の表情がここまで披露してきた楽曲とは明らかに違う。
表現力が凄いとか、ダンスのキレが凄いとか、そんなレベルではなかった。
完全に覚醒していた。
平手友梨奈は何かに取り憑かれている。僕はもはや「怖い」とまで思った。
曲中の「僕は嫌だ」には怒りや悲哀、様々な感情が込められている感じがする。
単調なメロディーを繰り返す独特な曲調も印象的だ(この曲のoff vocalバージョンを持っている人はぜひ聞いてみて欲しいのだが、ほとんどが同じメロディーの繰り返しで構成されている)
曲は佳境を迎え、
2番のサビの後は更に激しいダンスパート。
苦悶の表情で踊るメンバー。
煽る客席。
渾身の「僕は嫌だ」
爆発音。
ここからのラストサビは更に激しさを極め、
全員が残った力をここで全て出し切ろうとしている感じがした。
苦しい。
見ているこっちも苦しい。息が詰まる感覚があった。
そして最後、
音楽が鳴り止む瞬間の平手友梨奈は笑っていた。
笑顔ではない。
気が付くと僕は泣いていた。
どういう感情で泣いていたのかはよく分からない。
ただ単純に「感動した」と形容するのはしっくりこない。
もっと複雑な感情だ。
とにかく苦しい。
僕が「不協和音」を見ている時に感じたのはとにかく「苦しさ」だ。
曲の始まりから終盤まで、ずっと苦しさが蓄積されていく感覚だった。
その苦しさが平手友梨奈の最後の「僕は嫌だ」で爆発させられ、そこからは端を切ったように涙が溢れ出した。
「魂が震える」
生まれて初めてそんな感覚に陥った感じがした。
これ以降、
この時の「不協和音」は何度も繰り返し見ているが、何度見ても同じような「苦しさ」を感じ、最後には泣いている自分がいる。
凄い。凄すぎる。
月並みなフレーズだが、この時のパフォーマンスは伝説だ。
おわりに
「不協和音」について平手友梨奈が、
「命を削る曲」
と表現したことを知ったのはそれから少し後のことだった。
「命を削る曲」
まさしくそうだと思った。
だからこそあの「過呼吸事件」のようなことも起こるし、数年後に東京ドーム公演で復活するまでの間ずっと披露されてこなかった。
冒頭で、この記事では欅坂46に関する考察は一切しないと書いたが、最後にこれだけは言わせて欲しい。
平手友梨奈を越える存在は今後絶対に現れない。
そんな伝説の「不協和音」
見たことない人はYouTubeの生放送でぜひ。
このnoteとは別にブログも運営しています。
ブログでは坂道ファンにとって有益な情報を発信していますのでよろしければそちらの方も読んで見てください。
それでは。
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