極東から極西に行くことにした⑥:カミーノ準備編・歩行訓練
前回の粗筋
周囲の理解を得た。
・レッツトレーニング!
カミーノは、町から町へと大体1日平均20から25km歩くという。普段立ち仕事で朝から晩まで(または夕方から朝まで)職場を歩き回るわけだけれど、それだって3万歩くらいだろう。25kmは中々長いし、イメージがつかない。
5月終わり、勤務直前にスタッフルームに荷物を置いている時にSさんと話をした。
「一度歩いてみましたよ。うちからモールくらいの距離まで」
「相変わらず行動が早いね、どうだった?」
「初回だからよく分かんなかったですね」
それはそう。
平地も歩くとはいえ、1日ではきっと分かるまい。本番では連日20km歩くわけで、どんどん疲労とダメージが蓄積されていくはずだ。瞬間的に25km歩く力よりも、ずっと歩き続けられる体力と筋力が必要なはず。
それに問題はピレネー越え。
「うーん……あのさ」
「なんですか?」
「初日がさ、標高差1200mってがっつり登山なんだよね」
難易度は地面のコンディションによるけれど、1200mの数字で思い出すのは神奈川県の丹沢山系、塔ノ岳のバカ尾根だ。嘘か本当かは知らないけれどバカみたいに続く登坂だからついた名だとか。手軽に長距離を挑戦できるので、北アルプスや南アルプスの訓練に登る人も多い。ピストン(同じコースを行って戻る)登山で両足パンパンになった覚えがある。
バカ尾根でなくても、標高差1000mも歩いたら、余程歩き慣れた人でないと、翌日は筋肉痛必至だろう。
「これ多分だけど、2日目、3日目が筋肉痛で超きついよ。訓練しないとヤバい」
「ウォーキングマシンが家にあるから、歩こうかなあ」
「うん、それがいいよ。私も歩くわ。全然やらないより何かやった方が絶対いい」
なんでウォーキングマシンがSさんの自宅にあるのか気になったけれど、追求している暇はない。そろそろ運動をしないといけない。というか、始めるのが遅すぎるくらいだ。
さっと会話を済ませて商売道具を持って、私達はスタッフルームから出た。
もしも酷いガレ場(石や岩がゴロゴロ。浮石で足を挫く心配もある)やザレ場(粗目の砂地。登りはまだしも下りが滑る)があったら足のダメージは倍増する。
特に降りは膝に負担がかかるし、足の親指に変に力が入ってしまっても危ない。逆に疲れ過ぎて力が入らなくなって転倒するリスクもある。解決するには兎に角筋肉が必要だ。きっと筋肉が全てを解決してくれる。
・ウォーキングマシン
近所にある公営の体育館に、400円で使用できるジムがある。仕事中は意識して沢山歩くようにし、休みの日はこのジムのウォーキングマシンを利用することにした。
登山モードで傾斜に緩急をつけて、1本2kmをできる限り。意外と大変だ。
モチベーションを保つ為に、歩く前にアルベニスの曲を聴いたり、持って行く予定の荷物を並べてニマニマしたり……そして考えも詰めも甘いと言われたことを思い出して少し凹んだり。
そんな感じで日々歩き続けた。
ウォーキングマシンは、既に気温の上がってきた6月でも、熱中症の心配無く使用することができる。でも一つ、欠点があった。
「下り坂の練習がひとっつもできてない」
歩きながら、つい、ぼやいた。
・爺ヶ岳
7月16日。
長野と富山にまたがる北アルプスの山。標高2670m、扇沢登山口から柏原新道を登る片道12.3km、標高差約1300mの道を登ってきた。ザックの試しと、トレーニングのため。
アウトドアは好きだけれど、私はどちらかというとキャンプ中心。登山は両親の趣味だ。だから今回、二人が山に登るというので、ピレネー越えに近い距離のこの山にこれ幸いとついて行った。
爺ヶ岳の登山道の一つ、柏原新道は、北アルプス三大急登の一つ(諸説あり)と言われている。登りの心配はさらさら無かったが、急登は帰りには急な降り坂になる為、おりる練習に良いだろう。
登り始めが5時台だったので大分涼しい。10時くらいには問題なく頂上一歩手前に着いた。
ピザを食べて登頂。
残念ながらガスってしまって、景色はあまり良くなかった。天気が悪くなると雷鳥が出てくることもあるのだけれど、姿は見えず。ホシガラスが鳴きながらゆうゆうと飛んでいた。
そして問題の帰路。
気温は上昇しており、残り三分の一くらいが本当にきつかった。体重が一歩おりるごとに片膝にかかる。その繰り返しが地味に苦しい。登山口に着いた頃にはすっかり膝が笑っていた。
そして次の日にはすっかり両足、大腿四頭筋と下腿三頭筋がぱんぱんだったし、浮腫んで体重が3kg程増えていた。それでも貴重なお休みだ。足を引き摺りながらきっちり観光をして帰ってきた。
「……というわけでさ、やっぱり運動しないと、2日目、3日目はきついと思う。実感したわ。なんならまだ足が痛い」
「あー、それはヤバいですね。ところで常さん家族に言ったんですね」
「そう、というか告白する前にバレてたと言うか」
登山後すぐに夜勤入り。夜勤明けで入れ違いで日勤に入ったSさんとまた話をした。
登山後の夜勤はまだ筋肉痛が治っておらず、足の浮腫みも取れないままだったので、かなり辛いものとなった。
「で、ご家族になんて言われたんですか?」
「んー、知らない人から荷物受け取らぬように、だって。ヤバい薬とか受け取っちゃって、逮捕される場合もあるとか……? 怖いねぇ」
「わあ、やっぱり信用ないですねぇ。受け取っちゃダメですよ?」
大丈夫ですって。みんな心配しすぎ。
しかし、ウォーキングマシンも良いけれど、今回の爺ヶ岳で、低山でも良いから山に行った方が良いことが理解できた。
下山の練習はした方がいい。
このままでは、現地で足がパンパンだ。
トレーニング方法を見直す良い機会になった。
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