スタバのバイトには勝てない
大学生の頃、コーヒーチェーン店でバイトをしていた。スターバックスではない。おしゃれさよりも安さを売りにする質実剛健なチェーン店である。おじいさんがオーナーを務めるフランチャイズ店で、たぶん直営店と比べると自由な(緩い)雰囲気だったのだろうと思う。福利厚生は月1で連れて行ってくれる焼肉食べ放題だった。
その数軒隣にスタバがあった。長時間のバイトを終えた後はそっちに行って癒されていたのだが、ある日僕と裏返しの行動をしている人がいることに気づいた。つまり、スタバで見かける店員さんが僕の方のお店にもよくやって来ていたのだ。向こうも僕に気づいていてくれて、年代も近かったので仲良くなった。
彼ははにかみ笑顔の素敵な好青年で、仕事後に会うとかすかにコーヒーの良い香りを漂わせていた。僕の方は喫煙席の清掃でヤニの匂いが染みついていた。
「お客さんからLINEの連絡先をこっそり渡されると困らない? 断ったり、無視したりするのも今後きまずいし」という共感度ゼロの相談を受けることもあったが、彼の仕事の話を聞くのが僕は好きだった。
まかない(多分そうは言わない)で飲めるドリンクで試してみたカスタムの話。
新作のドリンクの作り方を常に脳内で実践して覚えようとしている話。
互いに良いところを見つけて褒め合う風土がちょっと気恥ずかしいという話。
新人アルバイトの教育を任されるようになった話。
そんな話を聞いていると自分もスタバで働いているような気持ちになることができた。パートのお姉さんから「店長とバイトのAさんが不倫関係にある、これだけの証拠」を延々と聞かされたり、喫煙席の常連だった悪いスカウト業のお兄さんたちから「スカウトに引っかかりやすい女性の特徴クイズ」を突然出題されたりして疲弊していた僕の心が洗われるのだった。僕もカップに「Thank you🙂」などと書いてみたかった。(書いても別に良いのだけど)
僕の方の愚痴9割みたいな話もいつも笑って聞いてくれていた。自分では口下手だと謙遜していたが、コミュニケーション能力の高い人だった。そうでなければスタバの店員さんは務まらないだろう。その後、彼はワーキングホリデーで海外に出かけて行った。日本に戻って来てからは大きな企業で活躍しているそうだ。互いのバイトが終わった夜、公園のベンチに座って缶コーヒーで「おつかれ」と乾杯していた頃より疎遠になったが、スタバに行くと彼のことを思い出す。
彼が推していたカスタムのチャイシロップは、エスプレッソアフォガードフラペチーノを頼む時にいつも利用させてもらっている。